「アニメの時代」を振り返る:2016~2026

洋画はなぜ日本の映画館の中心ではなくなったのか “スター”の時代から“キャラ”の時代へ

スターは、かつて洋画最大のIPだった

 ここで、前回までのIP論に戻りたい。

 前回論じたように、現在の日本の映画館は、キャラクターが最も華やかに見える「晴れ舞台」として機能しており、人々はキャラクターに会いに映画館に行く。

 では、かつて洋画のスターが多くの観客を呼んでいた時代、人々はスターに会うために、劇場に行っていたということも言えるのではないか。会いに行く対象が変化しただけで、観客の行動様式には、共通する要素があるかもしれない。
 
 スター研究の古典、『映画スターの〈リアリティ〉 拡散する「自己」』(青弓社)にて、著者のリチャード・ダイアーは、スターとは「メディア・テクストの中で構築される人物像」であり、それは「キャラクターの区別的特徴とも共通する」と指摘している(P.164)。スターは現実に存在するが、出演映画だけでなく、宣伝、ゴシップなど全てを含めたメディア展開の中で形成されたイメージの総体がスターであり、本人そのものではない。スターなのは、マリオン・モリスンではなくジョン・ウェインであり、ノーマ・ジーン・ベイカーではなくマリリン・モンローである。
 
 スターとキャラクターには共通項がある。スター・イメージ、一言で言えば「ペルソナ(仮面)」は観客を惹きつけるIPとして、かつては機能していたのではないか。

 例えば、シュワルツェネッガーは、毎回異なる役柄を演じるが、観客は同じペルソナ(筋肉モリモリの無敵の男が大あばれする)を期待して映画を見に行く。こうした観客の行動様式は、毎年コナンというキャラクターの活躍を見に行く『名探偵コナン』のファンと、どの程度異なるだろうか。
 
 現代は、演技力の高い名優は数多く存在する。だが、そのように強固なペルソナによって観客を呼べる存在は、近年確かに減っている。

トム・クルーズという例外

『トップガン マーヴェリック』©2022 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.

 そのなかで、トム・クルーズはほとんど例外的な存在である。

 『トップガン マーヴェリック』や『ミッション:インポッシブル』シリーズの成功は、単なるシリーズ人気や懐古だけでは説明できない。そこには、トム・クルーズというスターのペルソナが強く作用している。例えば、全く別々の役柄にもかかわらず、イーサン・ハントとピート・“マーヴェリック”・ミッチェルに、何らかの共通性を感じてしまったことはないだろうか。

 トム・クルーズは、何をやってもトム・クルーズに見える。

 この言葉を批判的に使う人が多いが、本来は褒め言葉として使うべきだと筆者は思う。その域に達するほどの強いペルソナを獲得した俳優はあまりにも希少であり、演技の巧拙を超えた価値がある。

 観客は、トム・クルーズが完全に別人へなりきることを期待しているのではない。トム・クルーズがトム・クルーズであることを観に行っている。トム・クルーズはその期待に100%応えてくれるから、虚構のIP全盛の時代に例外的存在として君臨できている。人々はトム・クルーズという、作品を横断して輝くキャラクターとしてのスターを見に行っているのではないか。

今年のヒット洋画はキャラクター性が強い?

『スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー』©2026 Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved.

 とはいえ、トム・クルーズ作品以外でもヒットする洋画は一定数ある。特に2026年はある程度洋画のシェアが回復しそうな見込みだ(少なくとも上半期は)。

 例えば、『スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー』だ。この作品は、アメリカをはじめ各国においてはやや期待はずれな成績となったと言われる。初週こそ熱心なファンが詰めかけたものの、失速が早かった。しかし、日本では、逆に粘り強い興行を続けた。

 『スター・ウォーズ』は、本来、世界観IPの代表である。ジェダイ、フォース、帝国、共和国、惑星、種族、歴史。膨大な設定と神話的スケールこそが、その魅力の中心であり、ファンの関心事である。

 しかし、日本で『マンダロリアン・アンド・グローグー』が広がった理由は、必ずしもスター・ウォーズ神話への関心ではなかった。むしろ、グローグーのかわいさが大きかった。さらに、マンドーとの保護者と子どものような関係性が、シリーズ未履修の観客にも強い魅力に映った結果、リピーターも多く生み、息の長い興行につながった。

 興行収入70億円を超えた『Michael/マイケル』は、スター全盛時代を代表するマイケル・ジャクソンの伝記映画だ。彼のスター性がスクリーンで再召喚される瞬間に立ち会うために人は劇場に足を運んだ。彼もまたトム・クルーズのように強烈なペルソナを持っている。

 『プラダを着た悪魔2』は例外的な存在に見える。だが、この作品もメリル・ストリープ演じるミランダのキャラクター性の貢献は見逃せない。同時に成長したアン・ハサウェイ演じるアンディとの「再会」を楽しみにしていた観客も多かったはずだ。

 『ズートピア2』と『トイ・ストーリー5』については説明不要だろう。ディズニー・ピクサーは豊富なキャラクターIPを有しており、遊園地に多数のグッズなどのタッチポイントも豊富なので、日本でもヒットを出し続けている。特に近年は、この2作が象徴するように新規作品よりも人気作の続編に注力するようになっており、安定した成績を出している。

スターからキャラクターへ

 要するに、推せるキャラクターがいれば、洋画でも観客は来るということになる。洋画だろうが、邦画だろうが、推しに会えるなら劇場に足を運ぶという回路に変わったのだ。
洋画そのものの魅力ではない。かつて洋画を特別なものにしていたのは、「スターに会いに行く」という回路だった。その回路が「キャラクターに会いに行く」に取って代わられたのだ。

参照
※1. https://www.eiren.org/toukei/data.html
※2. 同上
※3. アジア諸国のデータについては『Focus 2026 - World Film Market Trends』(The European Audiovisual Observatory)を参照した。
※4. https://branc.jp/article/2025/06/10/1652.html
※5. 『日米映画の架け橋 ラストサムライ 2393億円の男』(双葉社)

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