『ミニオンズ&モンスターズ』が試みたシリーズの解体と掴んだ原点 映画史を讃歌する仕掛け

 サイレント映画が廃れ、音声がついた「トーキー」が隆盛することで、声の魅力や自然な演技が求められるようになり、支持を失ってしまう俳優もいたという当時の事情も紹介される。それが、まともなセリフを話せないミニオンの人気が失墜するという設定だ。俳優業に従事していたミニオンたちが“ボス探し”という本道に立ち返るなか、創造の楽しさやエンタメ業にのめり込んでいたジェームズ、そして親友のヘンリーは、ミニオンズから離脱して映画制作に乗り出す。映画監督のマックスは、そんなジェームズたちの夢に共感し、自分の若い頃に使っていたカメラをプレゼントするのだ。この、ごく一部のクリエイター魂を持つ者たちの、種を超えた連帯が表現されているところは感動的だ。

 ここで登場するのが、モンスター要素。1920年代に登場していた怪奇映画やモンスター映画は、30年代以降のユニバーサル・モンスター映画へ接続していく。新人監督のジェームズがその分野に光明を見出していたのは、映画史的にも理解できるところだ。そして面白いのは、本当のモンスターを呼び出してしまう展開において、それらが怪奇小説の大家であるH・P・ラヴクラフトが創造したようなモンスターである点。本作の時代は、ラヴクラフトの活躍した時代とも重なっている。映画とラヴクラフト風のモンスター。本作は、そうした二重の構えによって、20年代から30年代へと移行していく流れを描いている。さらに、30年代のユニバーサル・モンスター映画から50年代SFへと、映画と怪奇文化の系譜を時間軸を越えて接続してもいるのである。

 この映画は一見すると、前半でサイレント期のハリウッド文化などを扱い、後半になると、アクション中心で身体を使ったギャグやドタバタが連続するように感じられる。新鮮な枠組みが面白かったのに、結局はいつもの『ミニオンズ』の展開となり、マンネリ感が漂ってしまうという批判もある。しかし、この見方には見落としがある。

 なぜなら、後半のスラップスティックは、前半で提示されたサイレント期の映画文化を、まさにそのものの形式として実演していると評価できる部分だからである。つまり、劇中のミニオンたちが作ろうとしていた、サイレント的な“絵の力”を価値とする映画と、われわれが実際に観ているこの映画が、重なっていくのである。

 スラップスティックコメディは、言葉による説明よりも、身体そのものを映画的運動として見せることに大きな価値を置いていた。転ぶ、ぶつかる、追いかける、逃げる、破壊する……そうしたダイナミックなアクションそのものが笑いや興奮を喚起させたのだ。そう考えれば、じつは『ミニオンズ』シリーズそのものが、サイレント的な映画であったということが理解できるのである。ここに至って映画『ミニオンズ』は、映画文化をめぐる物語のなかで、映画『ミニオンズ』自身の本質をついに掴み取ったということではないのか。

 それはまた、ある意味で“現代のサイレント俳優”としての意義を、ミニオンたちが得たということでもある。この抽象的な定義によって、ミニオンというキャラクターたちの持つ可能性は、かえって広がるのではないだろうか。サイレント期の映画が、さまざまなジャンルで爛熟したように、映画という表現を通じて世界をあるテーマで切り取ってきた、偉大な先例が数多く存在するからである。

■公開情報
『ミニオンズ&モンスターズ』
8月7日(金)全国ロードショー
監督:ピエール・コフィン
脚本:ブライアン・リンチ、ピエール・コフィン
日本語吹替版キャスト:松平健、千葉雄大、鈴木愛理、山寺宏一、バッテリィズ、LiSA、銀河万丈、寺依沙織、小野友樹、芹澤優ほか
製作:クリス・メレダンドリ、ビル・ライアン
製作総指揮:ビル・ライアン
配給:東宝東和
©illumination Entertainment and Universal Studios. All Rights Reserved.
公式サイト:https://minions.jp/
公式X(旧Twitter):@minion_fanclub
公式Instagram:@minion_officialjp
公式TikTok:@universal_eiga

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