『トイ・ストーリー5』は“再媒介化”の乱舞する映画だった メディア研究から読み解く

 リリー・パッドが別のメディアを表象する。たしかにいわれてみれば面白いシーンだが、そうした「リメディエーション」と、さきほど話に出た「メタ・メディウム」(=リリー・パッドがカメラやGPSの機能も補完しうる)は、どういう関係にあるのか。

「ここまでの話だと分かりにくいかもしれませんが、ボルター&グルーシンは独特なメディアの歴史観をもっています。というのも、彼らは新しいメディア、例えばデジタル・メディアがそれ以前のメディアを再媒介化するというパターンだけでなく、古いメディアが新しいメディアを再媒介化するというパターンも想定しているからです。後者は『レトログレード・リメディエーション=逆行的再媒介化』と呼ばれています。わかりやすい例として挙げられているのは、テレビ放送のなかでコンピュータのWebブラウザが画面いっぱいに出てくるような場面ですね。つまり、古いメディアであるテレビが新しいメディアのコンピュータを表現に取り込むかたちで再媒介化していると。そして、じつはこの逆行的再媒介化のもう一つの例として、ボルター&グルーシンは当時最新の映画だった『トイ・ストーリー』(1995年)を挙げているんです。初代『トイ・ストーリー』は世界初のフルCGアニメーション長編映画ですが、そこでは映画という古いメディアによってコンピュータで制作された映像が再媒介化されているわけです」

 新しいメディアであるコンピュータが古いメディアの要素をすべて取り込むという「メタ・メディウム」の発想と、新旧のメディアが互いにそれぞれを表象しあうという「リメディエーション=再媒介化」との関係や違いが見えてきた。メディア史に名を刻む作品だったシリーズ第1作『トイ・ストーリー』が後者の代表例として挙げられているのも面白い。しかし、新作の『トイ・ストーリー5』が再媒介化の映画であるというのはどのような点でいえるのだろうか。

「さきほどいったメディア研究者のなかでの立場の違いが関係してきます。『リメディエーション』を書いたボルター&グルーシンは、新旧のメディアがそれぞれ再媒介化を行いあうエコロジーとしてメディアの世界を捉えました。他方で、有名なメディア研究者のレフ・マノヴィッチは、これも古典として知られる『ニューメディアの言語』(原著2001年)やその後の『ソフトウェアが指揮を取る』(2013年、未邦訳)でボルター&グルーシンに批判的に言及しています。マノヴィッチによれば、『メタ・メディウム』であるコンピュータは他のメディアと同列に並べられるものではなく、それまでのメディアの歴史からは断絶した『メタ』な位置に立ち、メディアの歴史を終わらせるといえるものです。『トイ・ストーリー5』でいえば、リリー・パッドさえあれば他には何もいらない、という世界観ともいえるかもしれません。実際、『コンピュータはなんでもできる』といったケイやマノヴィッチを彷彿させるセリフも登場しています。しかし、それにもかかわらず『トイ・ストーリー5』は、結末でさまざまなメディアが幸せに共存して役割を果たすエコロジーを描いている。まずこの点で、マノヴィッチ的というより、ボルター&グルーシン的なメディア観といえるでしょう。さらにいえば、その共存が描かれる最後のごっこ遊びのシーンは、他のシーンとは視覚的に異質な絵本のような質感のアニメーションで描かれる。ここではまた別の種類の再媒介化が生じているわけです。そして、『メタ・メディウム』のリリー・パッドはピアノを再媒介化することでその共存のエコロジーに貢献する。『トイ・ストーリー5』は、まさに再媒介化が乱舞する映画だったといえると思います」

■公開情報
『トイ・ストーリー5』
全国公開中
監督:アンドリュー・スタントン
共同監督:ケナ・ハリス
製作:リンジー・コリンズ
声の出演:唐沢寿明(ウッディ役)、所ジョージ(バズ役)、日下由美(ジェシー役)、広瀬アリス(リリーパッド役)、佐野勇斗(スマーティー・パンツ役)、井上和/乃木坂46(スナッピー役)、松井ケムリ/令和ロマン(アトラス役)、竜星涼(フォーキー役)ほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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