『マンダロリアン・アンド・グローグー』は職人的な成功作に 一方で“挑戦心”への不満も

 だからこそ、それがネガティブな評価につながる面もある。メカやクリーチャー、世界観など、魅力的な要素が詰め込まれながらも、よくあるドラマシリーズの劇場版という枠組みに収まってしまっている。スピンオフとして、“見たいものを見せてくれる”シリーズであっただけに、劇場版でこうした“安全策”が取られてしまったことは、ドラマシリーズのファンにとっては、一部残念な部分ではある。「続3部作」などの大作に対するカウンターとしての意味合いもあった本シリーズ自体が、すでに守るべき伝統や権威になってしまっているのである。

 しかしもともと『スター・ウォーズ』シリーズの本質とは、やはり挑戦心にあったのではないだろうか。ジョージ・ルーカスらがかつて、特撮やCGなど、その時代ごとに業界を常にリードする作品づくりをしてきたように。そういう意味で本シリーズも、マカロニ・ウェスタンや時代劇を中心的な魅力にした、『スター・ウォーズ』のさらに源流を分析した脱構築的な作品コンセプトや、LEDウォールの活用など、抜本的な部分がいろいろとあったからこそ、そこに一種の熱量が発生していたというのも確かなことだ。

 もう一つ懸念をおぼえさせるのが、本家である『子連れ狼』とのテーマのズレである。本作においても、マンダロリアンがグローグーに、“平穏な道”と“困難な道”のどちらかを選ばせる瞬間がある。それはまさしく、拝一刀(おがみ・いっとう)と大五郎が歩んだ「冥府魔道」……すなわち、武士道という公的な思想から転落しながらも、独自の倫理を貫く修羅の道である。

 ドラマシリーズ初期には、銀河帝国という旧権力からも、新共和国という新権力からもドロップアウトした存在だったからこそ、マンダロリアンとグローグーは魅力的に見えていた。しかし、映画版で彼らが銀河の安寧を守るためのミッションという、ある種公的な秩序を守る勢力に回収されつつある点に、やや違和感があるのだ。彼らはまだ、アウトロー、一匹狼としての“牙”を持っているのか。

 芯が通っていると感じさせるのは、マンダロリアンが劇中で深い傷を負い、死の境を彷徨うといった展開があるということだ。これは黒澤明監督の傑作時代活劇『用心棒』(1961年)において、三船敏郎演じる凄腕の主人公が、クライマックスの前に悲惨な目にあい、これまでの余裕が消し飛んでしまうといった構図。おそらくはこの脚本構成を、本作は参考にしているのではないか。

 冒頭から圧倒的な強さを発揮していたマンダロリアンではあるが、だからこそ終盤で弱々しい面を見せ、グローグーの必死の看病によって救われるといったプロセスを見せることで、観客に強い共感を与えることに成功しているのだ。あの愛らしいグローグーが、父親がわりであるマンダロリアンを助けるために奔走したり健気に世話をする様子を見て、心動かされない観客は少ないだろう。

 強い「IP」であるだけに、ファンへの目配せも多々ある本作『スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー』ではあるが、このように誰が観ても感情を揺り動かされる部分を用意しなければ、やはり映像作品は輝くことはない。そして、それがあるからこそ、このシリーズは強いのだ。そうした“核”をしっかりとここでも守っているところを見ると、今後のドラマシリーズも最低限期待できるものを提供してくれることは間違いなさそうだ。できるならそこに一つ、さらに新たな“挑戦”を含ませてほしいというのが、一ファンとしての願いである。

■公開情報
『スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー』
全国公開中
出演:ペドロ・パスカル、シガニー・ウィーバー
監督:ジョン・ファヴロー
吹き替えキャスト:阪口周平、内田雄馬、山寺宏一、駒塚由衣、稲葉実、上田燿司、乃村健次、梅田貴公美
製作総指揮:デイヴ・フィローニ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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