『風、薫る』“シマケン”佐野晶哉が向き合う言葉の責任 “風の音”に包まれる尊い時間

 NHK連続テレビ小説『風、薫る』第53話では、シマケン(佐野晶哉)が“夕顔”について書いた第2弾の記事が新聞に掲載され、さらに多くの人々の心を動かした。

 遊郭の歴史から現状を紐とき、女郎たちの苦しい立場を明らかにしただけではなく、夕顔のパーソナルな部分にもさらに踏み込んだ記事に涙する人も。手放しで喜べるものではないが、おかげでモデルとなったセツ(村上穂乃佳)を取り巻く環境は少し改善した。しかし、書いたシマケン本人はやさぐれモード。今回の記事は人々の情に訴えるように話を“盛った”ところがあったが、人物を“キャラ立ち”させるために出身地や兄弟構成などを設定することは小説と大して変わらないのに、世間や新聞社の反応は全く違う。わかりやすい“お涙頂戴”にわかりやすく乗る大衆。そんなものを書いてしまう自分。シマケンの中には負の感情が渦巻いているようだった。

 そんな状況を別視点から喝破してみせたのが親友の槇村(林裕太)だ。シマケンが「その女郎は、りんさんが看ている女郎とは別の人間だ」と言うように記事の中の夕顔は、その人物像が一人歩きするようになってしまった。でもモデルは明らかで世間にとっては夕顔=夕凪=セツ。槇村はそのことを思い出させるように「書かれた本人だって無傷じゃ済まないんだから」と書いたものに責任を持つようにと言葉をかけたのだ。

 シマケンといえば、物事の本質が分かっているタイプでそれをしっかりと言語化できる人。だからこそ、心に言葉にできないモヤモヤを抱えがちなりん(見上愛)をサポートすることができていたのだが、飄々としていて、捉えどころがない様子が、どことなく地に足がついていない不安定な雰囲気を作っていた。だが、槇村からの言葉で新たな一面を見せることになる。

 シマケンはりんの案内でセツの病室を訪れ、「島田と申します。新聞にあなたの記事を書いた者です」と対面。その口調は、いつものちょっと舌足らずなものではなく、はっきりとしており、一礼も深々としていた。彼にとって言葉は仕事道具でもあるが、病弱な頃から自分を助けてきた大切なものである。その言葉が今回は、自分の甘さによって人を傷つける武器になっている。その危機感が全身から伝わってきた。

 もちろん、セツの目は冷たい。いつもは自分に頼ってくれるが、今はナースとしてセツに寄り添っている直美(上坂樹里)やりんの目も厳しい。さらにセツは「4人きょうだいの長女で幼なじみと心中しようとした夕顔。この人の国はどこ? 雪国といってもいろいろあるから」と見事にシマケンの“創作”部分だけを指摘。泣くでもなく、怒るでもなく、言葉によって傷ついていることを分からせ、彼の謝罪さえ受け取ろうとしなかった。

 神妙な面持ちで病室を出て行ったシマケンだが、今回の一件でものを書くことへの“誠実さ”と、それを行動にして示すということを考えたに違いない。人として、物書きとしてひとつギアが上がったといえるのではないだろうか。きっと彼の、りんや直美の人生への関わり方もこれから変わってくるだろう。そんな予感がする一場面だった。

 セツは、病院内で有名人となって戸惑っているが、周りから励まされていることも手伝ってか順調に回復している。直美はセツと散歩をし、ひょんなことから実母の手がかりとなるお札を見せた。そして「母の手がかりはこれと、“夕凪”って名だけで」と告白。するとセツはやや驚いた後、「私は産めなかった」と呟いた。でも、とても近い立場にいるからこそセツは直美の実母の思いもわかるようで「よっぽど あんたに会いたかったんだねおっかさん」と笑いかけた。

 セツの言葉を聞いた直美は、胸がいっぱいの顔をして、じわじわと目に涙を溜めていた。患者の夕凪は直美の実母ではなかったという事実と、お札に込められた実母の愛を実感する気持ちとが渦巻いているのだろう。2人が一言も発しない、風の音だけが響く数秒間。静かに、でも激しく直美の心が動く様が表現された美しい時間だった。

 直美とセツが病室に戻ると、そこには怪我をした遊郭の主人・権田(梅垣義明)の姿が。シマケンが書いた記事の余波はまだ続きそうだ。

■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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