日本人はなぜ“心中もの”を好むのか? 『風、薫る』で問われる“ゴシップ性”の是非
メディア・映像作品での「心中」の扱い
「心中」のドラマはその後も、さまざまなパターンで世間を賑わせ続ける。1932年5月に神奈川県で発生した「坂田山心中事件」は、男爵の甥と資産家の娘が交際に反対されて死を選んだというものだが、女性の墓が掘り返されて遺体が持ち去られたことで猟奇性を帯びて話題になった。
ところが、新聞によっては純愛の部分だけをクローズアップし、「純潔の香高く 天国に結ぶ恋」と報じたところもあって、その反響を受けて6月には五所平之助監督による映画『天国に結ぶ恋』が公開され、大ヒットしてしまった。近松の「曽根崎心中」に負けないスピード感。おまけに、映画という感情移入を誘うメディアとして世に問われたこともあったのだろう。日本に一種の心中ブームを引き起こした。
流通経済大学の学術誌『流通問題研究』第23号(1994年5月発行)に掲載の今防人による論文「観光地と自殺―昭和八年、伊豆大島・三原山における頭身自殺の流行を中心に―」によれば、「死へ誘うメロディー、ひたすら心中を美化するストーリー、シーンが若者に与える影響に危惧を抱くものは少なくなかった」「不幸にしてこの危惧は的中した。坂田山で心中するものが続出、果ては、この映画を見ながら心中するものさえ出てきた」という。
「映画のイントロで主題歌が流れてくると、手に手を取って昇汞水をあおるカップルが現れたため県によってはこの映画の上映を禁止したところもあった」というから、影響も相当のものだったのだろう。それは、論文「観光地と自殺」でメインに取り上げられている、1933年に起こった伊豆大島の三原山を中心とする自殺・心中ブームへと繋がっていった。女学生が2人で三原山を訪れ、1人が投身自殺をした事件がセンセーショナルに報じられたことで、何百人もの若者が後を追う事態となり、「三原山病」という言葉も生まれた。
論文「観光地と自殺」には、映画と共にラジオの普及が情報を広め感化される若者を増やした可能性が指摘されている。ネットが発達した今、情報が伝わる速度も広がる範囲もその当時とは比較にならない速さや広さになっている。だからこそ慎重な取り扱いが求められている。
戦後になっても、事件をドラマとして消費し、民衆の欲求に答える風潮は続いていた。1957年に清朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀の姪にあたる愛新覚羅慧生が伊豆半島の天城山中で男子大学生と共に遺体で発見される事件が発生。こちらも「天国に結ぶ恋」として報じられ、翌年には石井輝男監督で『天城心中 天国に結ぶ恋』として映画化された。それから70年経った今、心中を悲恋として美談仕立てで報じる雰囲気こそないが、逆に疑わしい情報まで飛び交って、当事者や関係者を苦しめるようなことも起こっている。
「心中」という言葉からゴシップを排して事実を見極める心構えが、誰にとっても必要だ。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK