海外では酷評も一見の価値あり? 『レディース・ファースト?!』の単純すぎる男女逆転劇

 そんな状況で出世を目論むダミアンは、権力を握る女性に真剣に相手にされるため、慣れないセクシーな服を買い、脱毛をしてダイエットを始めることを余儀なくされる。体型維持のために食べるものは、カロリーの低いサラダばかりだ。かつて彼が女性たちに要求していた容姿や若さを、彼自身が逆にジャッジされることになる。

 性的魅力をアピールすることで、女性の上司から夜の誘いを受けることにもなる。権力者にカウボーイのコスプレをさせられ、お下劣なパフォーマンスを要求される最悪すぎるシーンは、サシャ・バロン・コーエンならではの過激な演技が楽しい、本作のなかでも、ある意味必見の部分だといえるだろう。

 そうした、笑えて考えさせられる描写が続く本作が批判されるポイントは、やはり単純すぎるということなのだろう。“男女を入れ替えたコメディ”という単体の試みでジェンダー問題を処理しようとするのは、さすがに乱暴なのかもしれない。とくにステレオタイプを反転させることで、女性が男性優位を内面化してしまっているという描写は、現実の社会のなかで痛みをおぼえながら、さまざまに思考して選択している女性たちの存在を矮小化してしまっているように感じられる。

 とはいえ、本作が単純だからこそ気づかされる点も多々あるのではないか。ここまで徹底して反転させたからこそ、女性を見る男性の意識や、そんな男性によって作られた社会構造に順応する女性の姿を、精緻で複雑な社会批判をおこなう多くの作品に比べ、きわめて分かりやすく図式的に風刺することができるというのも確かだろう。そして重要なのは、こうした単純な差別意識すら、現実の社会が乗り越えられていないというのが現状だということだ。

 1995年公開のデズモンド・ナカノ監督による映画『ジャンクション』も、本作に似たアプローチを取り、黒人と白人の社会的立場を入れ替えた世界を描くという試みがなされた一作だった。この作品にも公開当時は厳しい声が集まり、いまではそれほど顧みられないタイトルとなっているが、ここでジョン・トラボルタ演じる、社会構造のなかで不当な立場に追い込まれている白人の姿には、大きなインパクトがあった。黒人の上司の下で鬱屈した思いを抱えて働きながら、自分の息子が黒人ヒーローのおもちゃを欲しがっているという描写には、厳しいリアリティが感じられた。

 アカデミー賞作品賞を受賞した『グリーンブック』(2018年)も、当時の社会派作品の水準からすれば、古くさいとすらいえる内容だった。その古さが、いまのアメリカの白人にとって“ちょうど良い多様性”だったのではと邪推させたところもある。しかしその後、アメリカでは選挙によって半数ほどの人々が多かれ少なかれ排外的な意識を持っていることが明らかになったのが現実だ。進歩的な人々が相互に高度な議論で洗練され、『グリーンブック』を単純だと批判する一方で、そういった進歩性から完全に乖離している層がいる。

 進歩すること自体は悪いことではない。そうした議論や評価が、社会を引っ張っているのももちろんだ。しかし、そこであまりにもある層から乖離することで生まれるのが、そこに反感を示す“バックラッシュ(より戻し)”であったのも確かなことなのではないか。そういう意味では、『グリーンブック』や本作のような、単純化した構図を提示する作品こそ、大きな社会にとっては効果的だという見方もできるのではないだろうか。

 最近Prime Videoから配信された、ピーター・ファレリー監督による、下品なギャグが連続していく『ボールズ・アップ』(2026年)も同様だ。そういうコメディや本作のような、普段は社会派作品など敬遠している観客が楽しめる、大衆的なお下劣コメディの中に多様性を尊重する内容を含ませることこそ、現実の社会の差別を足場から変えていく力になるのかもしれないと思うのだ。そう考えれば、本作『レディース・ファースト?!』のような映画は貴重だといえるのである。

■配信情報
『レディース・ファースト?!』
Netflixにて配信中
出演:サシャ・バロン・コーエン、ロザムンド・パイク
監督:テア・シャーロック
Rob Youngson/Netflix © 2026.

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