『田鎖ブラザーズ』はなぜ唯一無二のサスペンスに? “定番”を覆す3つの見え方

 「刑事ドラマ」というジャンル性に、「兄弟」や「未解決事件」といった設定、そして「復讐」というメインテーマ。どれも極めてありふれたポピュラーな要素を掛け合わせているにもかかわらず、『田鎖ブラザーズ』(TBS系)は唯一無二のサスペンスとして成立しきっている。

 それはやはり、「時効」という被害者遺族にとって非常に不条理な制度が、物語を構築する上で重要な動力になっているからであろう。兄弟の両親が1995年に殺害され、その事件は未解決のまま公訴時効が成立してしまう。よりによって、殺人事件の公訴時効そのものが廃止されるたった2日前のことだ。彼らはいくつもの「なぜ?」を抱えたまま大人にならざるを得なくなり、やがて警察官となって事件の真相を追うことになる。

 事件というものは人が起こすものであり、それを捜査するのもまた人である。よって、事件が起きることにも未解決事件が生まれてしまうことにも、当然のように責任の所在が存在する。しかしながら、制度として存在していた時効によって未解決事件が放置されてしまえば、時間とともにその責任は徐々に風化し、被害者遺族の抱える悔しさや苦しみのやり場は奪われてしまう。

 少なくとも、殺人事件の時効が廃止されてからすでに16年。こうした物語は、今後あまり作られなくなるのだろう。

定番フォーマットに持ち込まれた「兄弟」という設定の妙

 幼い頃に両親を殺された兄弟が、その事件の謎を追って犯人を探し、復讐を遂げようとする。こうした筋書き自体は『流星の絆』(TBS系)をはじめ過去にも多々あっただろう。あるいは復讐の態様は違えども、事件の真相を追うために警察官になる主人公という点は『ウロボロス~この愛こそ、正義。』(TBS系)を想起させる。いずれも復讐劇の定番フォーマットといえるものだ。

 本作においても、公式サイトのイントロダクションに「法ではもう裁けない犯人を自分たちの手で裁くべく」と記されている。必然的に、田鎖兄弟が犯人にたどり着いた先には「復讐」しかないのだと、現時点では推測できる。もちろん「復讐」と一口に言っても、仇討ちだけがそうとは限らないのだが。

 ここでいったん「兄弟」という点に着目してみよう。一見すると特に深い意味はなく、ありふれた関係性のように見える要素だが、兄弟というものは比較的年齢が近く、おおよその場合は同じような境遇や体験を共有している。同じDNAで構成されながらも、まったく別の個体。いわば“共通性”と“対照性”を非常にわかりやすく兼ね備えた存在と言える。それこそ『カラマーゾフの兄弟』であったり『若草物語』であったり、いつの時代も同性の兄弟(姉妹)というものは、あらゆる物語において効果的に用いられてきたのである。

 当然この『田鎖ブラザーズ』においても、兄の真(岡田将生)と弟の稔(染谷将太)の共通性と対照性の両面が効果的に作用しているのがわかる。だらけた感じと几帳面な感じという、シンプルな性格の違い。兄弟2人の時に垣間見える、あえて示し合わせるまでもなく重なる部分。そして共通する記憶。これらはドラマに和やかさと物悲しさを与えている。

 一方でサスペンス的な部分に寄与しているのは、両親の事件の真相を解き明かすことに人生を捧げたという「共通性」と、その立場とアプローチの仕方の「対照性」である。

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