映画『イチケイのカラス』は“伝家の宝刀”を封印した法廷作に 黒木華の“予習”としても必見

 リーガルドラマや法廷ドラマにおいて、“裁判官”というポジションはなりをひそめていることがほとんどであろう。有罪なり無罪なり、裁判官が下す判決こそが物語の行く末を左右する重要な役割を担っているにもかかわらずだ。

 そもそも裁判官という職業の基本的な理念は“公平中立”であること。あくまでも法廷の場に持ち寄られた証拠に基づいてのみ事件と向き合い、淡々と手続きを進めていくことが求められる。ゆえに本来であれば法廷の外にも出ないし、関係者と直接向き合うこともない。

 同じ法曹三者の立場であっても、弁護士というポジションはドラマ向きである。深く考えるまでもなく視聴者の大部分は裁判とは無縁な生活を送っている。だからこそ、自分たちと同じような普通の人々がなんらかの諍いごとに巻き込まれ、そこにどのような救済があるのか提示されるフィクションに共感を抱きやすく、かつ“人を救う”という一点においてわかりやすいヒロイックな面を強調することもできる。それは“正義”を重んじる検察官でも同じであり、木村拓哉主演の『HERO』(フジテレビ系)がその最たる例だ。

 さて、2021年4月期にフジテレビの「月9」で放送された『イチケイのカラス』は、裁判官を主人公にしたドラマであった。ここでは竹野内豊演じる入間みちおという風変わりな裁判官と、黒木華演じる坂間千鶴という真面目でカタブツな裁判官の対比をもって、可視化しづらい“公平中立”というものに対して豊かなドラマ性を見出すこととなった。マイペースに手続きを進め、外圧にも屈することなく判決を導きだす入間が周囲の人々を巻き込んでいき、坂間の頭でっかちな部分が徐々に解きほぐされていく。終始コミカルでありながらも、一本の筋が通った法との向き合い方でヒロイックな面も表現されていた。

 同時にドラマを盛り上げる――地味になりがちな職業性の抜け道を見つけるかのように、物語を広げていく要素として機能したのが“職権発動”からのいわゆる“お出かけ捜査”である。いわずもがな、これは『HERO』でも取られた方法論であり、今年の1月期に松山ケンイチが裁判官を演じていたNHKドラマ『テミスの不確かな法廷』にも類似した描写が見られた。入間は要するに、気になったことを自らの足で調べ上げなければ、先へ進めないタイプ。『テミスの不確かな法廷』のセリフを借用すれば、「わからないことをわかっていないと、わからないことはわかりません」というやつである。

 連続ドラマ版においてはこの“お出かけ捜査”が存分に機能しながら物語が進められていったわけだが、映画『イチケイのカラス』では、その武器がより大きな相手を前にあっさりと封じられてしまう。岡山県の田舎町に異動となった入間は、そこで貨物船と自衛隊のイージス艦の衝突事故に端を発した傷害事件を担当する。案の定、その事故について調べようとする入間だったが、防衛大臣の鵜城(向井理)の圧力によって裁判から外されてしまうのである。いわばこの映画版は、連続ドラマ版の延長線上にあるにもかかわらず、“伝家の宝刀”をあえて封印されることによって、物語の運び方を180度転換することを余儀なくされる。

 そこで代わりに機能するのが、“他職経験制度”で偶然にも入間の赴任先の隣町で弁護士をすることになった坂間の存在である。彼女は彼女の方で、地元の大手企業による環境汚染訴訟を担当することとなり、人権派弁護士の月本(斎藤工)とバディを組む。弁護士である坂間が住民たちの声と向き合いながら奔走し、その先に待ち受ける大きな闇と直面することになるため、もっぱら坂間のほうが入間よりも“主人公”らしい働きを見せる。

 『イチケイのカラス』らしくないといえばらしくないのだが、もちろん2人の掛け合いは健在だし、あらゆる事柄が一本の線で繋がるあたりはいかにもフジテレビ映画らしい娯楽性の高さだ。

 今回の『映画 イチケイのカラス』のテレビ放送は、黒木が主演を務めるテレビドラマ『銀河の一票』(カンテレ・フジテレビ系)の放送開始にあわせてのこと。同作で黒木が演じるのは、与党の幹事長を父に持ち、秘書として働きながら政治家を志す星野茉莉。しかし彼女は、一通の告発の手紙をきっかけに父の過去を調査し、それが原因で秘書としての職を追われてしまう。

 そこから彼女は政治の素人をスカウトして選挙参謀として都知事選に挑むわけだが、“パンドラの箱”に触れながらも圧力に屈することなく立ち向かっていく様は、『映画 イチケイのカラス』での坂間と通じるものがあるかもしれない。

■放送情報
映画『イチケイのカラス』
フジテレビ系にて、4月6日(月) 21:00〜23:18放送
出演:竹野内豊、黒木華、斎藤工、山崎育三郎、柄本時生、西野七瀬、田中みな実、桜井ユキ、水谷果穂、平山祐介、津田健次郎、八木勇征、尾上菊之助、宮藤官九郎、吉田羊、向井 理、小日向文世
原作:浅見理都『イチケイのカラス』(講談社「週刊モーニング」)
監督:田中亮
音楽:服部隆之
脚本:浜田秀哉
©浅見理都/講談社・2023 映画「イチケイのカラス」製作委員会

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