『ほどなく、お別れです』の変則的構成が生む特異性 『おくりびと』『東京物語』と比較考察

 ただ、大きな価値観の対立軸を設定していないことで、多くのものごとがここでフラットになっているのも確かではある。それは一見、いいことのようにも思えるが、果たしていまの社会に、人の生死にまつわるものごとについて、本当に対峙するべき大きな問題が解消されているのかといえば、疑問に思う点もある。

 日本の巨匠・小津安二郎監督は、人の死をめぐる遺族たちの人間ドラマを、家族を題材にした映画のなかでいくつも描いていた。『戸田家の兄妹』(1941年)や『東京物語』(1953年)では、とくに“不人情”にフォーカスし、血の繋がりの頼りのならなさや、人間の酷薄さというものを痛烈に描いている。それを思えば、本作の人間ドラマのあたたかさは、その対極にあるといえるだろう。

 あくまで優しく、誰の心情も否定しない。家族へのわだかまりがあったとしても、それは必然的なすれ違いによって生まれたものであって、物語はそんな確執をも優しく包み込み浄化しようとする。日本の音楽業界のヒットメイカーであり、『セカコイ』も担当した亀田誠治による、一音一音が丁寧に紡がれていく優しく繊細な音楽とともに、そんなエピソードの数々が、連続していく……。

 ここで描かれているクリーンな情景の数々は、ネガティブな要素が存在しないというよりは、それらを意識的に見ないようにしているのではと感じるところもある。筆者はさらに、そこで善き人々とされるハードルが低く設定されていることで、現実の人々の営みをあまりに善意で解釈しているのではないかという印象を持った。

 例えば主人公の美空は、祖母(夏木マリ)が“もう長くない”ことを知りつつ、仕事を優先させようとする。その選択を漆原が咎めるという展開になるのだが、美空のここでの心情は、小津の『東京物語』でいえば、不人情に描かれた側の立場であるわけだ。しかし本作においては、それもまた立派な選択であるかのように描かれる。だからこそ観客が叱られるように感じてしまう『東京物語』よりも、本作は安心して消費しやすいものになっているといえるのだ。

 美空と死者が話せるというファンタジックな設定は、亡くなってしまえばもう死者との交流ができず、取り返しがつかなくなってしまうという苦い現実を書き換え、物理現象を超えた、故人と遺族との精神的、あるいは宗教的繋がりがあることを強調するものだ。

 こういった描写により、人の死というものを“遺族への癒し”だったり、純度の高い感動ストーリーへと変換させ消費することには、一定の注意を持つことも必要なのではないか。この“優しい世界”では、どんな人物であろうと現状の追認と肯定を用意してくれている。だから、本作の内容はあくまで観客への行き届いたサービスであるという、割り切った理性をどこかで保たなくてはならないように思える。

 とはいえ、どんな時代であれ、映画にある種の“救い”を求めている観客が存在することも確かなことだ。かつて日本映画史に輝く国民的大ヒット映画『愛染かつら 前篇・後篇』(1938年)は、観客の大きな支持を受けた一方で、当時の批評家から、そのあまりに通俗的で観客を泣かせようとしてくる内容を痛烈に批判し、それを「催涙映画」などと呼んだものだった。

 だが、そんな美しい物語に、当時を生きる多くの人々が共感し、明日を生きるエネルギーを得たのならば、そのこと自体をも批判していいのかということに、逡巡をおぼえるべきなのかもしれないという思いもある。本作の観客の少なくない人々が、誰かしら大事な人を亡くしている。劇中で漆原が、故人の願いを大切にしつつも、あくまで遺族の側の心情が重要だと述べるのは、葬儀というものの本質を言い当てている気がする。

 『東京物語』が描いたのは、家族に優しくすることや故人を悼む感情と、それを忘れようとしたり自分の生活を大事にすることで生まれる葛藤や罪悪感だった。原節子が演じた女性が、戦死した夫を忘れてもいいのだろうかと葛藤する心情は、彼女だけの思いではなく、日本社会全体が経済活動に没頭していった状況への、ある種の風刺であるようにも捉えられる。であれば、現在の東京の街こそが、その没頭の結果であると認識することもできる。

 『愛染かつら』は日中戦争時に、あえて純愛メロドラマを描いて多くの観客の涙を誘ったが、その後、そんな日本はさらなる戦争によって多大な死者を出してしまった。もちろん、『愛染かつら』がそれを引き起こしたものだとは思わないが、当時の批評家が、日中戦争や、さらなる惨禍に至ろうとしていく風潮に違和感や危機感をおぼえていたのだとすれば、そこで激烈な言葉が出てきてしまう感情も理解できなくはない。

 筆者は、当時の批評家がそうした時代なりの責任を果たしたことに倣って、もちろん本作に限らず、死にまつわる題材において、不都合な問題を排除しながら癒しを与えていく表現方法には、煙たがられたとしても一本釘を刺しておきたいと思う。その上で、本作『ほどなく、お別れです』が、その優しい社会の見方によって多くの観客の心を癒し、大切な存在を亡くした人の心を慰めた点について評価したい。

■公開情報
『ほどなく、お別れです』
全国公開中
出演:浜辺美波、目黒蓮、森田望智、光石研、志田未来、渡邊圭祐、野波麻帆、原田泰造、西垣匠、久保史緒里、古川琴音、北村匠海、鈴木浩介、永作博美、新木優子、夏木マリ
原作:長月天音『ほどなく、お別れです』シリーズ(小学館文庫)
監督:三木孝浩
脚本監修:岡田惠和
脚本:本田隆朗
音楽:亀田誠治
配給:東宝
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