ユニクロ 柳井康治に聞く、難民映画基金の背景 『PERFECT DAYS』で実感した映画の可能性
「居場所」を生むユニクロの取り組み
ーー柳井さんご自身が、難民問題への意識を強められたきっかけは何だったのでしょうか。
柳井:ユニクロに入って10数年になりますが、実は難民支援の取り組み自体は入社前からすでに始まっていて、20年以上続いています。父も長年この問題に強い関心を持って取り組んできたので、難民という言葉自体はずっと頭の片隅にありました。ただ、はっきりと自分ごととして意識し始めたのは、やはりユニクロに入ってからだと思います。この10数年の間に、2024年には世界最大の難民キャンプであるバングラデシュのコックスバザールを訪れましたし、つい先々週も約2年ぶりに現地に行きました。実際に足を運ぶと、課題の大きさや難民を取り巻く環境の厳しさを肌で感じますし、「自分に何ができるのか」「何かしなければならない」という思いは強くなりますね。
ーー滞在期間中、当事者の方々と直接お話しされて、どのような印象を受けましたか?
柳井:実際にインタビューもさせてもらいましたが、彼らはバングラデシュ政府に公式に認められた存在ではなく、働いてお金を稼ぐこともできない、銀行口座も持てない、もちろんパスポートもないという状況の中で暮らしています。そうした制約の中で生活している現実は、やはり非常に厳しいものだと感じました。一方で、ユニクロとしては女性向けの生理用サニタリーショーツを製作し、難民キャンプ内で配布する取り組みを支援しています。その過程で、難民の女性の方々に有償ボランティアという形で縫製トレーニングに参加してもらい、実際にショーツを縫製していただいています。自分たちがアパレルブランドとしてできる支援を通じて、彼女たちの生活にとって本当に大切なものを届けられているという実感はありましたし、それは大きな誇りでもありました。会社としての取り組みが、こうして具体的に役立っていることを目の当たりにできたのは非常に印象的でした。
ーーなるほど。
柳井:難民キャンプで縫製に参加している女性に「このキャンプの中で1番好きな場所はどこですか」と尋ねたことがあるんです。その際、「この職場が1番好きで、1番安心できる場所です。友達もできたし、何より、以前は人前で話すのがとても苦手だったのに、ここで働くようになって自分を表現できるようになった。そして、今こうしてインタビューに答えられていることが何より嬉しいです」と話してくれました。その言葉を聞いたとき、自分たちの取り組みが単に物資を届けるだけでなく、人が変わるきっかけや居場所を生み出しているのだと感じました。そうした場に関われていることは、本当に誇らしいことだと思います。
ーー企業が社会課題に関わる方法にはさまざまな形がありますが、その中でなぜ「映画」という表現手段を選ばれたのでしょうか?
柳井:2023年12月に開催された、グローバル難民フォーラムの場で、ケイトさんをはじめ映画に関わる方々と同じテーブルで話す機会がありました。その中で出たのが、難民というテーマはどうしても「辛い」「暗い」「怖い」「苦しい」といった重くネガティブな文脈で語られがちだということでした。でも実際には、難民の方々にも素晴らしい才能があり、明るい側面もあり、笑ったり冗談を言ったりする日常がある。そうした側面をどうすればもっと可視化できるのか、特に才能ある人たちがメインストリームでハイライトされる機会をどう増やせるのか、という議論になりました。そのときに、映画というメディアは非常に可能性があるのではないかという話になったんです。映画は監督や俳優だけでなく、脚本、撮影、照明、音響など多様な才能が関わる総合芸術ですし、さまざまな立場の人の力を表現しやすい。そうした特性を活かせば、難民というラベルを越えた個人の才能を伝えられるのではないかと考えました。
ーー「難民映画祭」という形ではなく、基金という仕組みを選んだ背景には何があったのでしょうか。
柳井:実は世界中に難民映画祭はすでに数多く存在していますし、日本もその中ではかなり長い歴史があり、20年以上続いています。ただ現実として、新たに映画祭を1つ増やしたところで、どれだけ広く認知されるかというと、なかなか難しい部分もある。そこで、映画祭を作るのではなく、プラットフォームとして機能する基金を立ち上げる方が可能性は広がるのではないか、という話になりました。基金によって作品が生まれ、それが難民映画祭で上映されることもあれば、カンヌや今回のロッテルダムのような国際映画祭で紹介される可能性もある。より大きな舞台へ羽ばたくチャンスを増やす仕組みを作る方が、持続的で広がりのある取り組みになるのではないかと考え、今回の形に至ったという経緯です。
「気持ちの面でつながりを持てるかどうかはとても大切」
ーー映画『PERFECT DAYS』をプロデュースされるなど、「映画を作る側」に立たれた経験は、今回の支援のあり方にどのような影響を与えていますか?
柳井:このプロジェクトに限らずですが、自分にとって映画を作った経験はやはり大きな意味を持っています。そもそもケイトさんやキー・ホイ・クァンさんと『PERFECT DAYS』の話をしたことがきっかけでアイデアが広がり、「一緒に映画を使って何かができるかもしれないね」という話に発展していきました。ただ、ユニクロとして今回の基金に参加することが決まった背景には、20年以上難民支援を続けてきたという文脈があります。その中で、これまでにない新しい支援の方法として映画というアプローチが非常に魅力的に映った、というのが大きいですね。ブランドにとっても、お客様や関わる人たちが気持ちの面でつながりを持てるかどうかはとても大切です。『PERFECT DAYS』を通じて強く感じたのは、映画がまったく知らない誰かとの間に、感情の通い合いのような瞬間を生み出す力を持っているということでした。
ーーその“つながり”を実感した具体的な出来事があれば教えてください。
柳井:出張でパリに行った際に、『PERFECT DAYS』のパーカーを着てカフェに入ったら、「その映画好きですよ」と声をかけてもらったことがありました。実はそういうことが驚くほど多いんです。こんな遠い場所まで作品が届いているのか、と実感する瞬間ですね。ユニクロも同じで、海外で「どこで働いているの?」と聞かれて「ユニクロです」と答えると、「ユニクロで服買ってるよ」と言ってもらえることがある。共通の何かで心が通う瞬間があるんです。映画は、それを特に引き起こしやすい媒体だと感じました。実際に作ってみて初めて知ったことでもありますし、とても嬉しい体験でした。
ーー今回の映画基金のような取り組みを含め、今後も映画に関わるプロジェクトを構想されているのでしょうか?
柳井:映画と決めているわけではありませんが、何か社会的な問題や課題があって、その解決や理解促進のために映画という手段が最適だと思えれば、躊躇なく踏み出したいと思っています。『PERFECT DAYS』をやる前は、映画というフォーマットがもつ力を知りませんでしたが、実際に制作し、多くの方に観ていただけたことで、「これは人の心に届く手段なんだ」という実感を持てました。だからこそ、今回も難民問題に対して映画が有効では?と議論になったとき「やる価値がある」と思えたのだと思います。映画を作りたいから映画をやる、ではなく、あくまで解決したい課題や届けたいテーマがあって、その手段として映画が最も有効であれば選ぶ、という考え方です。目的と手段が入れ替わってはいけない。今回も映画基金をやりたかったから難民問題を扱ったわけではなく、難民問題という課題があって、それをより多くの人に伝える方法として映画が有効だと判断したからこその取り組みです。私自身もユニクロも映画の専門家ではありませんが、難民支援については20年以上積み重ねてきた知見があります。その専門性を社会に届ける手段として映画が機能するのであれば、今後も同じような形で活用していきたいと思っています。