マイケル・B・ジョーダンはまさしく千両役者 『罪人たち』は後世に残る伝説の作品に
先日発表された第98回アカデミー賞ノミネート作品リストで、『罪人たち』は歴代最多16部門の受賞候補となった。それだけでも相当な快挙だが、せっかくなら最多部門受賞も果たしてほしい。2025年のハリウッドを代表する話題作であるというだけでなく、2026年以降のアメリカの行き先も指し示す象徴的作品になりそうだからだ(というか、なってほしい)。
そんなタイミングで日本での凱旋上映が実現したことは、たいへん喜ばしい。何しろ昨年6月の最初の劇場公開は、本国での大ヒットを受けての「緊急上映」という触れ込みだったため、見逃してしまった人も多かったはずだ(筆者含む)。本作はIMAX70mmフィルムカメラとウルトラ・パナビジョンカメラを併用し、一般劇場での上映時にはシネマスコープサイズ(1:2.35)よりもさらに横長な1:2.76という特殊な画面比率になるので、なるべくなら劇場で観ておきたい(家庭用モニター視聴では、昔のブラウン管テレビで観たスコープサイズを思い出すような「帯状」に見える)。
ちなみにIMAX撮影に関しては、スペシャルサンクスにクレジットされたクリストファー・ノーランとエマ・トーマスに助言を仰いだという。ノーラン作品同様にスクリーンサイズが自在に変幻するIMAX上映版を見逃したのは痛恨の極みだが、それでも今回のスクリーン再上映は本当にありがたい。
すでにソフトや配信で観た人も多いと思うが、一応ストーリーを簡単におさらいしておこう。舞台は1932年の米国ミシシッピ州クラークスデール。数多くの有名ブルース・ミュージシャンを輩出した地名に、洋楽ファンなら思わず身を乗り出すところだろう。そこに、シカゴ・ギャングの一員として鳴らした双子の兄弟スモーク&スタック(マイケル・B・ジョーダン2役)が帰ってくる。どうやら問題を起こして里帰りしたらしい彼らは、いかにもワケありなスピード感でジューク・ジョイント(生演奏つきのダンスホール酒場)の開店準備をテキパキと進めていく。ミュージシャン、用心棒、飲食スタッフなどを手際よく確保し、綿摘み労働に明け暮れる地元民に声をかけ、あっという間に賑やかなオープン初日を迎える。
この前半パートは、語りの鮮やかさにも舌を巻くが、主人公を双子に設定することで対照的・多面的・重層的なストーリーテリングを軽々と実現してしまうところに、ライアン・クーグラー監督の才気が溢れている。また、店の看板ギタリストとして招かれる従兄弟のサミー・ムーア(マイルズ・ケイトン)の存在が、本作の音楽映画としての魅力を背負って立つというシナリオも見事だ。一瞬「え! サム&デイブの伝記映画なの?」と思ったり、あるいは同郷のサム・クックがモデルなのかと思ったりもするが、やっぱりロバート・ジョンソンの「クロスロード伝説」を想起せずにいられない。平本アキラの漫画『俺と悪魔のブルーズ』のモデルにもなった彼が、ギターの腕前と引き換えに悪魔に魂を売り渡したといわれる十字路も、クラークスデールにあるとか。
このジューク・ジョイントの華々しい開店初日を描くまでの時点で、観客には映画の全貌はまだ見えない。1930年代のアメリカ南部に生きる黒人庶民の哀歓を、ムードたっぷりの音楽とともに描くアウトローたちのドラマとしても十分に魅力的だが、それでもまだ“肝心の正体”は隠されている。そして、サミーのギターが時空も大陸もひとつなぎにしてしまう素晴らしい演奏シークエンスを契機に、本作はついにヴァンパイア・ホラーとしての恐るべき正体を本格的に現すのだ。
ヴァンパイア一味の親玉・レミック役を悠々と演じるのは、ジャック・オコンネル。奇しくも『28年後... 白骨の神殿』(2026年)でも狂信的グループのリーダーを怪演した、ホラー界の新たな悪役スターである。かつて『ベルファスト71』(2014年)ではアイルランド紛争に巻き込まれた英国軍新兵のサバイバルを悲愴に演じていた彼が、本作ではアイルランド民謡「Rocky Road to Dublin」を高らかに歌いながらヴァンパイアの宴を盛り上げるくだりも感慨深い。
ヴァンパイアと戦う人々の物語が、なぜ『罪人たち』というタイトルなのか? なぜ主人公が高潔で清廉潔白な正義のヒーローではなく、シカゴから逃げてきた元ギャングの兄弟なのか? おそらく、ライアン・クーグラー監督は吸血鬼よりも存在が疑わしそうな聖人君子の物語にするよりも、脛に傷もつ“おれたちみんな”の物語にすることで、より普遍的かつ映画的な共感を観客に与えられると考えたのだろう。そこに、本作の映画としての危うくも抗いがたい魅力がある。