『ほどなく、お別れです』は“受け入れがたい死”をどう描いた? 際立つ永作博美の存在感

 そんななかでも、美空の母・美波(浜辺美波と漢字が同じだからややこしいが)を演じた永作博美の存在感は際立っていた。4月から始まるTBS系火曜ドラマ『時すでにおスシ!?』では主演を務める永作だが、実は映画に出演するのは『朝が来る』(2020年)以来、約6年ぶりとなる。

 永作は、長女を事故で亡くし、そのとき一緒にいた義母を表面上では赦していても、心の底では、ずっと赦せないままでいたが、長女の記憶に蓋をして生きることを選んだという、非常に難しい役どころを演じていた。死を受け入れることを諦め、義母と物理的ではなく、精神的な部分で距離をとることで、ずっと現実を避けてきたし、そうすることでしか平常心を保つことができなかったのだ。

 単純に永作の目力の強さもあるかもしれないが、突き刺さるような眼差しは、セリフでは表現しきれないキャラクターの奥行をこれ以上ないほどに、表現していた。『八日目の蝉』(2011年)のときと似た眼差しにも見えた。美空の成長も欠かせない要素ではあるのだが、気づけば美波の動向から目が離せなくなってしまう。

 母であり、娘であるという立場から、2つの死を背負うことになるというのも、今作に登場するキャラクターのなかで一番重いものを背負っていた。クライマックスではそれがフォーカスされることになるが、それまでは全体を通して、部分部分で少しずつ描かれているため、永作の存在感とも比例した眼差しの強さは非常に重要だったといえる。

 葬式を描いている以上、宗教的要素から逃れることはできないものの、それを着地点にしていない。あくまで遺された者が、折り合いをつける儀式として描かれていたのも特徴的で、永作はそれを一番体現していた。

 「ほどなく、お別れです」という言葉には、「いつかは同じところに行くから」という意味が込められているが、それが“天国”なのか“別の死後の世界”なのか、といった表現は避けていて、その描写もない。死というものは、自然の摂理であって、遅かれ早かれ、事故だろうが、寿命だろうが、病気だろうが、仮に何もない、無の状態になるとしても人間の生命のサイクルとして受け入れ、理解できるかは、亡くなった者ではなく、遺された者である。

 浜辺美波の天真爛漫な部分がメタ的に反映されたような美空の視点から観ると、カジュアルでもありながらも、所々にずしっとくるようなアクセントもあったりで、それはそれでよかったりするし、クールで完璧に見えて、ちゃんと弱さも持っている礼二(目黒蓮)の視点から観るのもいいだろう。つまり多角的な観方ができる作品であることは間違いない。

 仮に、どちらにも共感できないというのであれば、美波の視点で物語を俯瞰的に観ることをおすすめする。きっと、別の深みを発見できるはずだ。

■公開情報
『ほどなく、お別れです』
全国公開中
出演:浜辺美波、目黒蓮、森田望智、光石研、志田未来、渡邊圭祐、野波麻帆、原田泰造、西垣匠、久保史緒里、古川琴音、北村匠海、鈴木浩介、永作博美、新木優子、夏木マリ
原作:長月天音『ほどなく、お別れです』シリーズ(小学館文庫)
監督:三木孝浩
脚本監修:岡田惠和
脚本:本田隆朗
音楽:亀田誠治
配給:東宝
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