『ばけばけ』は喜びより“心の痛み”に焦点を当てる 「建前」がキーワードの松江編を総括

 『ばけばけ』(NHK総合)において、ヘブン(トミー・バストウ)がトキ(髙石あかり)から怪談を夜な夜な教わっていた頃の「ただ、あなたの話、あなたの考え、あなたの言葉、でなければいけません」という言葉が好きだ。

 異国から来た彼にとって日本語は難しく、何度も繰り返し聞かないとちゃんと理解することはできないけれど、それでも通訳や本を介さず直接聞こうとするのは、怪談への興味であるとともに、「あなたを知りたい」という思いそのものだからだ。なんて素敵な恋愛描写なのだろうと思った。

 第64話の「毎晩毎晩、遅い時は丑三つ時まで、大あくびしながら何べんも何べんも、せがんで聞きたがって」というトキの嬉しそうな言葉が、よりを戻しに来た元夫・銀二郎(寛一郎)をたちまち落ち着かなくさせたのも、ヘブンのことを好きなイライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)と銀二郎がすべてを察して立ち去ったのも、「怪談」を語り、聞くという行為が、トキとヘブンにとって、「言葉」を通して心で触れ合う濃密な時間であることを知り、自分の入る隙間がないことを悟ったからだ。

 一方で、自他共に認めるヘブンの「親友」だったはずの錦織(吉沢亮)が、第19週で滑稽なほどに切ないすれ違いをした末に、ヘブンとの悲痛な別れに加え、彼が抱えている深刻な病気が発覚するという形で、松江編は終わりを迎えた。そこにあるのは、ヘブンとトキが「怪談」を通して交わした言葉の濃密さとは対極にある、言葉の「距離」の残酷さだった。

『ばけばけ』ふじきみつ彦脚本の凄さが凝縮された“建前”の描き方 変わっていく人々の強さ

遂にトキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)が結ばれ、朝ドラ『ばけばけ』(NHK総合)が大きな転換期を迎えた。トキとヘブン…

 第14週以降、つまり、トキとヘブンの結婚以降の展開の中で、繰り返し登場したのが「建前」という言葉である。

 例えば、第14週の家族顔合わせの時に、ヘブンが松野・雨清水家の秘密を知る過程の中で、トキが何か隠していることに対するヘブンの不信感を、彼女の嘘は「本当の気持ちを隠すことで相手と良い関係を築こうとする日本の文化」である「建前」なのだと錦織が解説した。

 続いて、第15週では「松野家のやり方」に合わせようとした結果「ちょっと疲れて」しまったヘブンがついた嘘を「建前ですよね」と錦織がフォローする姿があった。そしてその2つのエピソードは、どちらも「建前」のその先にある本音を包み隠さず話すことで家族の絆がより強まるという結末に辿りついていた。

 さらにヘブンが家族皆で松江を離れ、熊本に行くと決めた第19週においても建前と本音の攻防が描かれる。なぜなら、ヘブンが「松江は寒いから」と、松江を去る「偽りの理由」を何度も繰り返すのも、大切なトキと家族と松江の人々を傷つけないための「建前」だったからだ。

 そして祖父・勘右衛門(小日向文世)の導きもあり、第94話でヘブンはトキたちに、トキのため「私たちのこと誰も知らない熊本に行く」という本当の理由を明かす。しかしこの、繰り返し描かれてきた「家族の絆は、建前の先にある本当の思いを共有し合うことでより強固になっていく」という法則は、残酷にもそこから疎外されてしまう人の存在を明確に映し出すのである。

 松野家の人々が松江を去る本当の理由を話しているのをうっかり聞いてしまった錦織の背中を松野家の人々の団欒の光景とともに映した第94話以降の展開の悲痛さ以上に、本当の意味で残酷だったのは、第92話で、「本当の理由」を聞いた錦織に対し「松江、寒い」としか言わなかったヘブン(そのために錦織はヘブンのための防寒具を大量に運ぶことになる)の姿と、その言動の裏にある、第93話でヘブンがトキに言った「錦織さん、友達。一番、友達。But… 、家族…ない」という言葉だったのではないか。

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