『死亡遊戯で飯を食う。』独自の演出“オッドモノローグ”を紐解く ラノベ原作の特異点

オッドモノローグと幽鬼の視点

 そして、アニメ版において幽鬼のプレイヤーとしての特異なあり方は、特殊な音響処理によってこの瞳と結び付けられている。

 幽鬼は自らに課したルールに従い、淡々とゲームをクリアするために最適な手段を選び続ける。第1話で、幽鬼は自らが定めた「必要な場合は一番近くにいる人を殺す」というルールに基づき、直前に自分が助け励ました金子を殺すほどに、そのスタンスは徹底している。幽鬼がルールを守る際には基本的に葛藤を見せない(葛藤をなくすためのルールなのだから当然である)。

 どんな種類のものであれ、心に抱いた感情を表現し行動にしてしまうことが死因となるような世界において、彼女のスタンスは正しく生存に最適化されている。その自らの心情を顧みずに行動を決定する姿は、幽鬼自身の「人間らしさ」が欠けているように映るだろう。

 しかしそもそも彼女が守っているルールやスタンスは彼女自身が自らの意思で設定していることを見落としてはならないだろう。例えば黒糖の死に際して、ゲーム中は必ずしもその余裕があるとは限らないため「死者を悼むことはしない」と言った幽鬼だが、間を置いて「ゲームの終わったあとにまとめてやることにしている」と続け、実際にゲーム後には3分間の追悼を行っている。ゲーム後の追悼を前提とすることによってゲーム中の殺害がしやすくなるという倒錯的な側面もないとは言い切れないが、ゲームクリアには本来不要な死者への追悼をルールとして定めている点には、確かに彼女の人間らしさを見出すことができるはずだ。

 また金子の殺害の際に用いられた「必要な場合は一番近くにいる人を殺す」というルールも、幽鬼も人を殺すときには躊躇いや責任感が生まれかねないということの裏返しである。他者(特に関係のある人間)を殺す際に生じてしまう感情はゲームにおいて致命的であるからこそ、それを避けるための防波堤として幽鬼はルールを設けているといえるだろう。

 このように、幽鬼の守るルールはゲーム内での彼女に主観的な感情を持たせないように律し彼女の中で辻褄を合わせるものだが、ルール自体は感情を組み込むにしろ否定するにしろ、常に彼女の主観的な性質を反映して設定されている。つまりルールから逆算するようにして彼女の人間性は見出されるのである。

 幽鬼のルールの出発点であり彼女が意識的に設定している最大の辻褄合わせとして99回ゲームをクリアするという「目標」が挙げられる。プレイヤーが各々持つ目標や動機や物語は、殺人や利他という手段に関する具体的な指針よりも重大な指針であり、各プレイヤーの最大の個性でもある。ルールから幽鬼の人間性が見出せるのと同様にして、幽鬼が目標を設定していることから逆算することで、幽霊たる彼女のより深い性質に辿り着けることは想像に難くないだろう。

 幽鬼のルールや目標の設定、追悼などから見え隠れする主観的な性質と、それを覆い隠すように淡々と自らが定めたルールに準ずる客観的な性質。この異様な2つを併せ持っている点は、感情がぶつかり合い想いが強い者が勝つという一般的な物語図式に決して回収されることのない、ゲームで感情を出した者から死亡するという独特な法則が支配する『死亡遊戯』の主人公にふさわしい特異性であるといえるだろう。

 そんな幽鬼のもつ主観と客観の二重性を、彼女のオッドアイという瞳のビジュアルから聴覚的に接続するのが、「オッドモノローグ」と制作内で呼ばれている本作独自の演出である。

 第1話終盤において、ゲーム終了時に幽鬼が発した「悪いね」という独白は、単一の声としてではなく、2つの幽鬼の声が重なりあうような音響処理がなされていた。

 反響しているかのようなこのモノローグは一見不可解だが、この二重のモノローグが彼女の二重性に対応していると考えれば解釈が可能だ。

 主観と客観という2つの視点を併存させている幽鬼の言葉は、今ここにいる本人の口から放たれているにもかかわらず、同時にどこか一歩引いた響きを持っている。

 本作の画面は、デスゲームショーを意識させる窃視的なカットに代表されるように、三人称視点で進行する。つまり画面が提示するものは、原作小説で描かれているような「幽鬼が眼差す世界」ではない。

 しかし、モノローグで語られる内面は間違いなく彼女のものであり、そこには主観と客観が混在する曖昧さがつきまとう。特に、ルールに基づき感情に反して殺害した金子に向ける言葉には、その混在が色濃く反映されているだろう。そんな幽鬼の二重性をオッドモノローグは映像としてではなく音として表現しているのだ。

 視点の二重化をオッドアイになぞらえ、不気味な響きを伴うオッドモノローグとして昇華させるという、幽鬼というキャラクターに深く踏み込んだ演出の中核を担うからこそ、彼女の瞳はこれほどまでに作り込まれる必要があったのだろう。

原作における幽鬼の視点の変化(※原作ネタバレあり)

 さらにアニメ第1話の範囲外になってしまうが、原作に踏み込んでいうならば、「オッドモノローグ」は第1巻で描かれる幽鬼がオッドアイになる原因となったゲームと、第5巻で描かれる幽鬼の右目の失明したゲームという、彼女にとって重要な2つの転換点に繋がるものとして捉えることもできるだろう。

 アニメにおいてオッドアイとプレイヤーとしての幽鬼の特性が繋がるならば、その起源はやはりどちらも同じ場所に存在する。幽鬼の右目が傷つけられオッドアイになったきっかけのゲームにおいて、彼女が「99回クリア」という全てのルールの起点となる目標を空虚な自身の中に定め、プレイヤーとして進み始めることになるのは極めて象徴的だ。

 また一方で、プレイヤーとして生き始めたと同時に右目の色素が薄くなることで生まれたオッドアイは、時間の経過とともに両目の乖離が増していく。視力の低下に伴いさらに薄くなっていく幽鬼の右目の色素は、プレイヤーとしての幽鬼の精神の変化に連動している。視力の低下はやがて失明へと至り、オッドアイの片目は光を失う。それはすなわち彼女が持ち得た2つの視点の消失を意味すると捉えられるだろう。視点を失った彼女はいかに変化し、物語はその瞬間をどう描き出すのか。

 そして視覚が低下すれば、その代替として聴覚の存在感は増していく。オッドモノローグは、幽鬼の在り方と視覚を接続すると同時に、両者と音とを結びつける演出でもある。このオッドモノローグというアニメ独自の演出がどのように使われるのかはまだわからないが、より深く幽鬼というキャラクターを捉える手がかりとなるはずだ。今後も『死亡遊戯』からは目が離せない。

■放送情報
『死亡遊戯で飯を食う。』
TOKYO MX、BS日テレ、ABC テレビ、WOWOWほかにて、毎週水曜23:30〜放送
Netflixほか各配信サイトにて、地上波同時配信
キャスト:三浦千幸(幽鬼役)、丸岡和佳奈(毛糸役)、若山詩音(言葉役)、田辺留依(智恵役)、土屋李央(御城役)
原作:鵜飼有志(MF文庫J『死亡遊戯で飯を食う。』KADOKAWA刊)
キャラクター原案:ねこめたる
監督:上野壮大
シリーズ構成:池田臨太郎
コンセプトアート:hewa
キャラクターデザイン:長田絵里
サブキャラクターデザイン:大塚渓花、小松聡太
プロップデザイン:黒岩園加
色彩設計:桂木今里
美術監督:中村嘉博
撮影監督:近藤慎与
編集:菊池晴子、小野寺桂子
音響監督:小沼則義
音響効果:山田香織
音響制作:ビットグルーヴプロモーション
音楽:松本淳一
音楽制作:日本コロムビア
アニメーション制作:スタジオディーン
OPテーマ:「not Ersterbend」作曲・編曲:LIN(MADKID)
EDテーマ:「祈り」歌:藤川千愛
©鵜飼有志・ねこめたる/KADOKAWA/「死亡遊戯で飯を食う。」製作委員会
公式サイト:https://shiboyugi-anime.com
公式X(旧Twitter):https://x.com/shibouyugi_ 
公式TikTok:https://www.tiktok.com/@shiboyugi_anime

関連記事