生方美久、坂元裕二を咀嚼し独自の作家性発揮 評論家が新作『嘘が嘘で嘘は嘘だ』を解説

 『silent』(フジテレビ系)で社会現象を巻き起こし、その後も『いちばんすきな花』(フジテレビ系)、『海のはじまり』(フジテレビ系)と話題作を送り出してきた脚本家・生方美久。彼女が新たに手がける最新作『嘘が嘘で嘘は嘘だ』が、FODにて12月24日より4話一挙先行配信、フジテレビにて2026年1月11日より放送開始となる。

 本作は、とあるマンションの一室に集まった4人の男女が織りなす会話劇。主演には菊地凛子、共演に錦戸亮、竹原ピストル、塩野瑛久と、これまでの生方作品とは一味違うキャストが集結している。フジテレビのゴールデン帯でヒットを連発してきた彼女が、なぜ今、配信ドラマというフィールドを選んだのか。そして、新たな座組でどのような物語を紡ぐのか。ドラマ評論家の成馬零一氏に話を聞いた。

 まずは生方美久という脚本家が登場したことの業界的な意義について、こう振り返る。

「生方美久さんは2021年に『踊り場にて』(フジテレビ系)でヤングシナリオ大賞を受賞し、翌2022年に『silent』で連続ドラマデビューを果たしました。新人の脚本家がいきなり連続ドラマを書く事例はしばらく見られなかった現象です。かつては、坂元裕二さんや野島伸司さんのようなヤングシナリオ大賞を受賞した脚本家を、連ドラに抜擢する流れがあり、それがフジテレビ、特に月9ドラマの推進力となっていました。しかし、2010年代頃からそのサイクルが停滞した時期があり、中々新人脚本家にチャンスが回ってこなかったのですが、そこに久々に現れた新人が生方さんでした。彼女がいきなり連ドラを書いて『silent』が大ヒットしたことで良い循環が生まれ、その後のドラマ制作の現場にも大きな影響を与えています。『silent』の成功以降、新人の脚本家にオリジナル作品を書かせるチャンスが非常に増えていますが、生方さんと、彼女にチャンスを与えた村瀬健プロデューサーが道を切り開いたと言って、間違いないでしょう」

 デビュー作がいきなり社会現象となる異例のスタートを切った生方だが、その作風もまた、従来のテレビドラマのセオリーとは一線を画すものだった。成馬氏は、村瀬健プロデューサーとタッグを組んだ初期3部作に見られる特徴的な世界観について次のように分析する。

「『silent』から始まり、『いちばんすきな花』『海のはじまり』と、村瀬プロデューサーと組んだ3部作を観てきましたが、登場時は衝撃的でした。彼女の描く世界は、それまでのドラマとはコミュニケーションの質が全く異なると言いますか、私は“静かで優しい世界”と表現していますが、『silent』での手話という題材を差し引いても、いわゆる“血気盛んで上の世代に立ち向かう若者像”とは決定的に異なる、性善説ベースの世界とでも言うような若者像が描かれていました。『silent』は特に若い世代に熱狂的に支持されましたが、長年のドラマファンは“この世界をどう受け止めたらいいのか”と困惑していて、下手に批判すると自分が悪人のようになってしまうような空気感も含め、非常に現代的な現象だったと思います」

 『silent』の成功を経て、生方への注目度はさらに高まったが、成馬氏が脚本家としての実力を感じたのは、2作目の『いちばんすきな花』だったという。

「『silent』のときは、北川悦吏子さんのような王道ラブストーリーを書く脚本家になると思っていたのですが、2作目の『いちばんすきな花』は「こう来たか」と驚きました。表面的には“繊細な若者の内面”を描いているのですが、『silent』のときよりも描き方が複雑で、間口は狭くなっているのですが、表現としてより洗練した形になっていて、作家性の強い作品だと感じました。。生方さんは坂元裕二さんからの影響を公言していますが、『いちばんすきな花』では木皿泉さんの影響も感じさせていて、2000年代以降の作家性の強いドラマ脚本家を咀嚼し自分のものにしていることがよくわかります。そして3作目の『海のはじまり』では、『silent』と同じく風間太樹さんが監督、目黒蓮さんが主演を務めており、『silent』でやったことをもう一度洗練された形でやり直した集大成の作品だったと感じます。実際、 映像や演技も洗練されていますし、セリフそのものというよりは人物同士の空気感で関係を表現するようになっていた。賛否はありますが、この3作で、作家性のある脚本家として誰もが認める存在になったと思います」

関連記事