下川恭平が『国宝』『ばけばけ』で“正反対”の人物を演じた意味 怪談が改めて重要なテーマに

 映画で徳次はかろうじて存在を示されている。怪談も同じで、消えかかる人の心や記憶を残す方法なのである。下川恭平は奇しくも『国宝』と『ばけばけ』で存在を消されかかった人と存在を否定してしまう人の二通りを演じたことになる。

 小谷が西洋文化を学び、過去を切り捨てていくことは、学問のみならず、そこに生きた人々の声を上書きしてしまうことになる。まだ若い(この時代の中学生はいまの高校生か大学生くらい)小谷には西洋の学問を取り入れるのはいいが、上書きはしないでほしいと切に願う。

 文明批評的な面もそこはかとなく(あくまでそこはかとなく)感じられた第10週だが、恋する小谷を徹底的に思い込みの激しいひとり相撲キャラに仕上げている。まず、トキのことを「顔」から好きになる。思い込んだら集中し、ヘブン宅やトキ宅をうろつき、トキとの接触率を増やし、かつ彼女の情報を収集する。得た情報からトキの好みを分析し、ランデブーに持ち込む。

 好きな人の好みを知って、自分もそれを学び、彼女の好きなデートコースや会話の題材を準備するのは知性的だ。一般的に良いとされているが相手には興味のないことを提示して滑り倒す人もいる世の中で、さすが優秀な学生らしい。だが、その結果は残念なことになってしまった。思っていたのと違う、という感じで、トキが好きな怪談も清光院も小谷にはまったく響かず、謡曲を謡って全否定したうえ、トキが振られた形にして終わらせてしまう。幕引きが悪すぎる。

 トキは小谷の一生懸命な想いに応えて、ランデブーの誘いに応じたのに、好きな怪談を否定されたうえ、「好きだというお気持ちはうれしいんですが。ごめんなさい」とトンチンカンなことを言われてしまう。好きなのは怪談のことだったのに。

 勉強はできるのに残念なキャラに描かれてしまった小谷はお気の毒だが、これでヘブンの価値がぐっと高まった。小谷が去ったあと強風が吹いて、松風が本当に現れたかのように想像させるひと手間も気が利いている。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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