『じゃあ、あんたが作ってみろよ』が提案する成長のかたち “わずかな一歩の変化”の重要性

 世界経済フォーラムが、さまざまな要素において男女格差の現状を国ごとに調査して発表する「ジェンダーギャップ指数」において、日本は長年のあいだ下位に甘んじ、2025年の発表でも148か国中118位という、あまりに不名誉な状況にある。しかも、このような客観的事実を記事やSNSで述べて批判するだけで、国内のネットユーザーから「差別などない」などと文句を言われることも日常的だ。それがまた、日本の男女格差の根強さを浮き彫りにしているのではないか。

 日本でそのような状況があるからこそ、お茶の間に本シリーズが放送される意味は大きい。男女のパートナー同士で観ている場合、例えば男性側が「主人公の考え、古いなあ」などと笑っていると、「いや、あなたも大差ないからね」と釘を刺されかねない。そういう意味では、「今シーズンで、夫と一緒に観たいドラマのナンバーワン」だと考える女性も多いだろうし、「耐えねばならない苦行」として本シリーズを戦々恐々としながら観ている男性もいるのだろう。一方で、かつての鮎美のように、家父長制的な価値観を補強してしまった理由や背景が劇中で描かれることで、女性の側に気づきがあるというのも、本シリーズの特徴だといえる。

 とはいえ、勝男があまりにも素直に自分を変えていき、アップデートがあまりに順調にいき過ぎていることで、娯楽的なドラマとしては、やや教育的過ぎたり図式的だと感じられる瞬間もある。現実の男性の多くは、“元カノ”に強い執着があろうとも、勝男ほど真摯に努力できるケースは稀なのではないか。そう思えば勝男というキャラクターは、“変化する男性像”として、かなり理想化された描き方がなされていると感じてしまうのである。

 しかし、リアリティを重視して変わらない男性を描いたり、それを一部容認するような展開にしてしまえば、従来のドラマ作品のような内容に接近し、女らしさや男らしさといった価値観を再び補強してしまうというのも確かなのではないか。あくまで本シリーズは、“いま”の日本に照準を合わせたものになっていると感じられる。

 それは、辛辣な内容ながら、登場人物の人格を根底から否定することがない姿勢からも感じることができる。第8話では、勝男の両親のアップデートまでが描かれる。そこでは、勝男たちの世代よりも過去の価値観に囚われる両親の考えを断罪するのではなく、いまの状態から一歩を踏み出し、少しでも変わることが重要だと描いているのだ。

 思えば、第1話において「化石男」こと勝男の象徴であった「筑前煮」そのものは、もちろん悪ではなく、日本に伝わる、未来に残すべき郷土料理だといえる。悪といえるのはあくまで、「筑前煮を女が作るべし」といった、女性への役割の押し付けや規範であり、旧弊な家父長制という考え方なのだ。つまり妥当な「アップデート」とは、古いものを常に捨てていくのでなく、残すべきものと捨てるものを切り分けるべきだというのが、ここでの主張だといえる。「筑前煮なんてもうつくらない!」という方向に行くのでなく、「筑前煮をあなたもつくろうよ」というのが、本シリーズが提案する成長のかたちなのだ。

 もちろん、男女の格差の是正というのは、こういった考えばかりでなく、もっと抜本的に、急進的に進めていくべきだという姿勢も存在する。しかし、「現実の男性はなかなか変わらない」と前述したように、さまざまな国や社会において、進歩に反した動きを見せるバックラッシュ(揺り戻し)が常に起こることは避けられない。だからこそ、わずかな一歩の変化を評価し祝福する、本シリーズのような取り組みも必要であるはずだ。

 男女格差の是正のためには、社会全体が変わる必要がある。それには社会とともに政治が変わらないことにはどうにもならない。政治状況よりも料理や言葉遣いの方向で格差を考えるのは、「いかにも日本的」だといった見方もあるだろう。おそらく、その通りだ。しかし少なくともいまは、こういう方向でなければ、ドラマシリーズの企画として成立しづらいというのが、現在の日本のリアルなのではないか。その上で本シリーズは、いま、このフィールドで、一人ひとりの現実的な道筋を照らす意味で、重要な作品であるといえよう。なぜなら、政治や社会が変わるためには、個々の変化も必要だからだ。そうした歩みもまた、『じゃあ、あんたが作ってみろよ』の提示する“一歩の姿勢”だと感じられるのだ。

火曜ドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』

谷口菜津子による同名漫画を原作としたロマンスコメディ。「料理を作る」というきっかけを通じて、“当たり前”と思っていたものを見つめ直していく男女を描く。

■放送情報
火曜ドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』
TBS系にて、毎週火曜22:00〜22:57放送
出演:夏帆、竹内涼真、中条あやみ、前原瑞樹、サーヤ(ラランド)、楽駆、杏花
原作:谷口菜津子『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(ぶんか社『comicタント』連載)
脚本:安藤奎
演出:伊東祥宏、福田亮介、尾本克宏
プロデューサー:杉田彩佳、丸山いづみ
編成:関川友理
音楽:金子隆博
主題歌:This is LAST「シェイプシフター」(SDR)
制作:TBSスパークル、TBS
©TBSスパークル/TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/antaga_tbs/
公式X(旧Twitter):@antaga_tbs
公式 Instagram:antaga_tbs
公式TikTok:@antaga_tbs

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