小栗旬の“恋愛ドラマ”をいつまでも観たい! 観客と物語の橋渡しの存在であり続ける独自性
「小栗旬、13年ぶりのラブストーリーだと? 同じ日韓のコラボドラマなら恋愛ドラマよりも『ガス人間』が早く観たい。いまさら恋愛ものはいいだろう」
ロマンティックコメディドラマ『匿名の恋人たち』がNetflixで配信開始されたときの、小栗旬を20年近く取材してきた筆者の正直な感想である。
いや、なんだかんだいっても長く取材し、ルポルタージュ形式の記事もいくつも書いてきたから出演作はいまだにチェックしている。10年前の恋愛ドラマ『リッチマン、プアウーマン』(2012年/フジテレビ系)のノベライズも書いたので、『匿名の恋人たち』も無視はできない。配信されて早速観た。そしたらこれが、おもしろかったのだ。ついつい全8話、一気見してしまった。やるな小栗旬。
大人気チョコレートショップ「ル・ソベール」を舞台に恋愛模様が繰り広げられる『匿名の恋人たち』は『リッチマン、プアウーマン』+『失恋ショコラティエ』(2014年/フジテレビ系)といった感じで恋愛ドラマの月9にまだ勢いがあった時代の雰囲気が漂う。一時期のドラマと違うのは、主人公たちは決してイケイケすぎない。天才ショコラティエのイ・ハナ(ハン・ヒョジュ)は視線恐怖症、製菓会社御曹司の藤原壮亮(小栗旬)は他者に触れることができない。どちらも恵まれたものを持っている一方で、他者にはなかなか明かせないコンプレックスを秘めているところが令和的。これがまたこのドラマを観やすいものにしている。小栗の役が藤原竜也+池松壮亮みたいな名前もくすぐる。
第1話、このドラマ随一のアクションシーン、壮亮とハナがすっ転んで空中で手を取り合う場面が決定的な暗示となっている。ハナと壮亮が偶然出会ったとき、なぜかお互いの弱点が出なかった。そこでふたりは一致団結してそれぞれの弱点を克服する「練習」をはじめる。ハナには、憧れの人・高田寛(赤西仁)がいて当初、壮亮のことはまったく眼中になく、壮亮も恋愛に興味がなかったが、練習や、チョコレートショップの経営問題解決を通して力を合わせるうちに徐々に惹かれていく。
各話のタイトルがル・ソベールの人気チョコレートの名前(ボンボンさくら、ピュアケンジなど)になっていて、チョコとヒューマニズムあふれる物語が関係した1話完結型のエピソードもひじょうに観やすい。チョコレートもどれも美味しそうで、最終回では坂口健太郎とソン・ジュンギのカメオ出演という仕掛けもあり、成功カードをいくつも揃えた万全な企画だ。このプロジェクトに小栗旬が合っていると感じるのは、令和にいそうなネオ富裕層感があることだ。小栗旬は2023年から所属事務所の社長もやっているから、一流企業の御曹司で次期社長候補という設定は文句なしにリアリティがある。
属性だけでなくビジュも。スーツを着こなしたたくましく鍛えられた胸筋、僧帽筋、上腕筋からは裕福な人がお金をかけてじっくり鍛えた体であることが感じられる。ハナを前にして緊張して汗をかき、何度も着替えに化粧室にこもる描写などの誰得なのかわからないサービスまでやってのける。山本耕史か。
かつて、小栗旬は日本一マントの似合う若手俳優だった(私調べ)。背が高く、シェイクスピアのような古典劇の衣裳・いわゆる王子様的なものを颯爽と着こなしていて見栄えが実によかったのだ。ついでにいうとロングコートもお似合いである。いまでこそ、芝居が巧い俳優という認識だが、最初の彼は見栄えの良さであった。アップが売りの俳優もいるが、彼は引きに魅力があった。だから舞台でも重宝されたし、映画でもアップに頼らない。引きにこそ情緒があった。それが抜群に生きたのが、『花より男子』(2005年/TBS系)の花沢類である。白系の衣裳をしゅっと着こなし、いつも背後でヒロイン・牧野つくし(井上真央)を見つめている。白くて善良なカオナシみたいな感じが良かったのだ。相手から少し距離をとって見つめている雰囲気。『匿名の恋人たち』でも彼が演じたのは、他者と触れることができないため、どうしても距離をとらざるを得ない人物であって、彼の所在なさげな心境のさざなみはいまも健在であった。
一方、『クローズZERO』(2007年)の成功もあって、小栗旬はグループのリーダーというイメージもある。一時期、飲み会で演技論を戦わせる、いささか面倒くさい人のようにも言われていて、集団を率いるやんちゃな漢的なイメージもあった。だが、素顔の彼はよく知らないが、彼が俳優として生きるのは、黙って立っているときの引きの画なのだ(力説)。だから映画『罪の声』(2020年)で彼が演じた刑事がイギリスにひとり調査に旅立ったときの画なども印象的。イギリスの石畳もなんか似合う。にもかかわらず世の中の小栗旬のイメージは相変わらず花沢類や滝谷源治だ。先日、仕事で話した若い世代の女性も小栗旬の代表作といえば花沢類だと言っていた。
『銀魂』や『ルパン三世』など人気アニメや漫画のキャラクターを屈託なく引き受けながら、最近では、宣材のCMで、鼻歌を歌いながら洗濯している素敵なパパさん風に。お仕事もして十分稼いでいるけれど、家事も育児も引き受ける理想的な夫像である。私生活では4人の子の父で、主演作・NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(2022年)でも子供をひょいっと抱える動きが様になっていた。