佐藤二朗が『爆弾』で到達したジョーカー的臨界点 アドリブを超えた“狂気の設計”
アドリブの呼吸から狂気の律動へ
『爆弾』は、呉勝浩のベストセラー小説を実写化したリアルタイム・サスペンス。佐藤二朗が演じるのは、自らをスズキタゴサクと名乗る謎の男で、都内にこれから起きる爆発を次々に予告。警視庁の取調室を舞台に、交渉人・類家(山田裕貴)らと爆弾の在りかをめぐる謎解きゲームが展開される。
ふざけたような口調、唐突な脱線、どこか掴みどころのない会話。そして妙に慇懃無礼な態度。ここに現れるのは、福田作品でお馴染みの、いつもの佐藤二朗だ。だが次第に、その軽妙な喋りが不気味な音楽のように響き始める。笑いのテンポが、そのまま狂気のリズムへと反転していく。
永井聡監督はこの喋りのテンポと見せ方を徹底して設計している。福田作品での自由奔放なアドリブとは対照的に、今回は台本どおりのセリフ運びと、カメラ/照明/所作までも含めた時間設計によって、語尾の揺らぎや呼吸のズレさえ狂気の微振動として機能させている。佐藤はアドリブ俳優ではなく、もはや演出の一部として組み込まれた“呼吸する装置”となった。監督の設計と俳優の呼吸が精密に噛み合い、笑いと緊張の狭間に奇妙な快楽のリズムが立ち上がる。
スズキタゴサクは、観客に笑いを与えた瞬間に、その笑いの意味を奪い去る。軽やかなユーモアと底知れぬ不安が、同じリズムで同居している。それは、長年培ってきたアドリブ的呼吸が、今回は狂気の律動として再構築された結果といえるだろう。
取調室という密室空間で進行する会話劇で、佐藤二朗の顔は何度もスクリーンいっぱいに映し出される(こんなに中年男性のクローズアップが頻出する映画があったのだろうか?)。永井監督は、カットを割らずにドデカ顔を見せ続けることで、言葉の芝居を肉体の事件に変えてしまった。それはまさに、佐藤二朗という俳優をスクリーンサイズにまで拡大してしまった恐怖なのだ。
スズキタゴサクは、『ダークナイト』(2008年)でヒース・レジャーが演じたジョーカーのように、作品そのものの強度を押し上げる。彼が取調室にいるだけで、画面の空気が歪み、他の登場人物までもがそのリズムに引きずり込まれていく。スズキタゴサクという存在が、映画全体のテンポと心理的密度を支配しているのだ。
『爆弾』というタイトルは、もちろん物語上の装置ではある。だが同時に、それは俳優・佐藤二朗という存在そのものを指しているかのようだ。笑いの中に潜む違和感、沈黙の裏にあるざらつき。それらはずっと、彼の内部で静かに時を刻んできた爆弾だったのではないか。
長年、我々はその時限装置に気づかないまま、ケラケラと笑い続けてきた。だが『爆弾』でついに、それが起爆。笑いが恐怖へと転じ、アドリブが律動へと昇華し、親しみが不気味さへと溶けていく。俳優・佐藤二朗はさらに予測不能で、観客の心を破壊し、物語を再構築する俳優となったのだ。
■公開情報
『爆弾』
全国公開中
出演:山田裕貴、伊藤沙莉、染谷将太、坂東龍汰、寛一郎、片岡千之助、中田青渚、加藤雅也、正名僕蔵、夏川結衣、渡部篤郎、佐藤二朗
原作:呉勝浩『爆弾』(講談社文庫)
監督:永井聡
脚本:八津弘幸、山浦雅大
主題歌:宮本浩次「I AM HERO」(UNIVERSAL SIGMA)
配給:ワーナー・ブラザース映画
©呉勝浩/講談社 ©2025映画『爆弾』製作委員会
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