『ばけばけ』の魅力は朝ドラ屈指の“猥雑さ”にあり 観ればクセになる“噛み合わない”思い
滑稽だったり偉そうだったりに見えるのは見た側の感覚でしかない。ヘブンの内面は詩的であり、松江の光景に神の神秘を感じている。日本語を話すとたどたどしい表現になってしまうが、母国語の英語を使えば、豊かに詩情あふれる饒舌な言葉になる。
通訳をしている錦織は、ヘブンの風変わりさに戸惑っていたが、トキの指摘によってヘブンへの対応の仕方を切り替えた。部屋の襖を閉ざして籠もっているのは、ヘブンが好きな『古事記』の天岩戸なんですねとヘブンの気持ちに寄り添い、英語で彼を励ます(吉沢亮の英語が流暢)。それまで、異人は「異」だけあって、人間と思っていなかった錦織が、ようやく、ヘブンも同じ人間であることに気づくのだ。
風呂が熱くてジゴクジゴクと騒ぐのも、例えば、私たちが海外に行って、バスタブがないのはまだしも、調子が悪くて水しか出なかったりして、途方に暮れることがあるのと同じであろう。ドイツやフランスで英語を使って冷たくされたりして、馬鹿にされているなと疎外感を覚えることもある。
誰もが他者に偏見があるし、偏見を抱かれる経験がある。そう思うと、ヘブンの古き良き日本に対する好意も、別の意味で過剰な偏見(贔屓目)のようにも感じるが。そこはそうではなく、旧くて打ち捨てられかかっている日本の文化をかけがえのないものとヘブンは自身の審美眼で感じていると解釈したい。トキもそうで、多数派に左右されず、自分なりのものの見方を大事にしているのだ。
ただ、『ばけばけ』では、どんなに教養があって松江を詩的に感じている人であっても、ヘブンは性格的には甘えん坊(暴れん坊)に描かれていることが御愛嬌だ。
『ばけばけ』は何も起こらないドラマだと事前に公表されている。大きなことは描かれないが、毎日、ささやかに噴出する人間同士の噛み合わなさというドラマ。その積み重ねがやがてクセになっていくことだろう。
■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK