『鬼滅の刃』『チェンソーマン』劇場版の続編なぜ増加? アニメ産業を支える推し活×映画館
日本では、映画館でアニメ作品が大きな興行収入を記録することは、もはや当たり前の風景となった。それは海外にも広がりつつあり、『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』がトム・クルーズやブラッド・ピット主演の大作映画を超える世界興収を記録する快挙を成し遂げている。
本作は、テレビシリーズから続く『鬼滅の刃』の続編を劇場版として展開するものだ。こうした上映形態も、もはや日本国内においては定番となっており、360億円を超える話題作でなくとも、劇場公開が行われる。
2025年はテレビアニメの先行上映作品『機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-』も大ヒットしており、アニメ作品の劇場展開は実に多彩だ。続編もあれば、映画単発の作品もあり、先行上映も放送・配信後の総集編上映もある。
なぜ今、これほど多様な形でアニメは劇場公開されるのだろうか。そして、その背景にはどのようなビジネス的な狙いがあるのだろうか。本稿では、その歴史を紐解きながら、現代のアニメビジネスにおける映画館の役割を考察したい。
テレビの総集編の存在意義
国産の連続テレビアニメーションシリーズが始まったのは、1960年代だ。この時代からすでにテレビ放送した作品を映画館で上映する試みは行われていた。
1963年、東映動画の『狼少年ケン』の数エピソードを再編集したバージョンを限定公開したところ好評だったため、その後もテレビアニメが劇場公開される流れが定着した。当時は録画機器も普及しておらず、放送を見逃すと二度と視聴できないことも多かったため、映画館での公開はファンにとってありがたかっただろう。
1980年代には、テレビ放送せずにビデオパッケージ展開で収益を得る「OVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)」が登場した。これらの作品が限定的に映画館で上映されるケースも目立つようになっていく。放送コードにとらわれず自由な発想で高品質な作品も制作できたOVAは、自宅のテレビ画面だけでなく大画面で観たいというニーズも捉え、さらに、限定的であっても映画館で上映となれば宣伝効果も高い。実写のVシネマが都内のミニシアターで限定的なレイトショー公開を経て「劇場公開作品」と銘打ちパッケージ販売を行うケースもあったが、それと同様だろう。あるいは、ファンの期待に応えるかたちで『トップをねらえ!』のように販売されてから劇場公開が実現するケースもあった。
一方、テレビアニメの方も1970年代には『宇宙戦艦ヤマト』テレビシリーズの総集編が映画館で大ヒットを記録。アニメファンの存在が可視化された出来事として名高いが、この後、『機動戦士ガンダム』の総集編シリーズが話題となり、今日までテレビアニメの総集編という上映形態は生き残る道を築いたといえる。
この頃の総集編上映は、テレビでの再放送とともに、名作を世に知らしめる重要な役割を果たしたといえるだろう。
映画で世界観を壊さないことが重要に
スタジオジブリに代表されるように、テレビシリーズなどを作らずに1本の映画で完結する作品も並行して制作され続けていたが、1990年代の『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』は、テレビシリーズで未完であった物語を(最終二話を再構成するかたちではあるが)劇場版で完結させる形式で公開された。
それまでテレビアニメの劇場版は、『ドラゴンボール』のように独立したストーリーで制作されることが多かったが、ここでテレビシリーズのストーリーを映画館で完結させるスタイルの作品での大ヒットが生まれた。
それまでのテレビアニメの劇場版は独立ストーリーであるがゆえに、シリーズの世界観に馴染まないような物語や、本編の展開と矛盾をきたすようなものも見受けられたが、ファンが世界観の統一を求め始めたのも、この頃からではないだろうか。その後、テレビアニメの劇場化は人気作品を中心に、(『機動戦艦ナデシコ』や『カウボーイ・ビバップ』など)テレビシリーズの続編、あるいは物語の空白期間を描くもの(『けいおん!』など)が主流となった。
本編の世界観を壊さないかたちでの映画化が重要視されるようになり、その結果、『鬼滅の刃』のようにテレビシリーズの続きを映画で展開する手法が一般化した。
同時に、総集編や先行上映で作品を盛り上げる手法も定着している。さらに、クランチロールやGKIDSといった海外の配給会社によって、それらの上映形態は世界へと波及し始めている。『ダンダダン』などは、北米でテレビシリーズの先行上映を行い週末の興収ランキングに食い込むヒットを記録した(日本では先行上映はなかった)(※1)。