『あんぱん』河合優実&原菜乃華が表情だけで物語る悲しみと後悔 嵩の詩が心を救っていく

NHK連続テレビ小説『あんぱん』第108話では、『愛する歌』として1冊にまとめられた嵩(北村匠海)の詩集が発売された。そのなかの詩が蘭子(河合優実)とメイコ(原菜乃華)のことを支える展開となっていく。

嵩のはじめてのサイン会の会場は、百貨店の下着売り場。嵩の詩は女性に届くはずという八木(妻夫木聡)の戦略だった。実は、これは史実に忠実なエピソード。八木が経営する九州コットンセンターのモデルと思われる山梨シルクセンター(後の株式会社サンリオ)の経営者である辻信太郎のアイデアだったという。所在なさげな嵩だったが、意外にもサイン会は大盛況。男性のファンも立ち寄るほどだった。漫画家としての代表作はないとはいえ、『まんが教室』での先生や「手のひらを太陽に」の詩などで知名度が高まっていたからだろう。老若男女にとってわかりやすい内容でありながら、読んだ者の目線を自分の内面へと向けさせる深みのある詩は、嵩が思っている以上に多くの人に受け入れられていた。
嵩の詩が日本中に届く一方で、蘭子とメイコは迷いの渦中にいた。八木が蘭子に語った、子供たちが生きていくのに必要な人の体温。八木は「子供たち」と述べていたが、これは「大人」に言い換えても同様だろう。蘭子も八木も戦争で大切な人を失っている。2人は、映画や詩などの文化、親戚の子供や他人に愛を向けることで孤独を癒してきたが、愛は与えるだけでは枯渇してしまう。周りに愛を与える一方で、2人とも心の奥底では愛を求めているのだろう。
蘭子は風鈴が鳴る部屋で、豪(細田佳央太)の形見である法被を見つめていた。そして、嵩が書いたと思われる「てのひらのうえにあわいかなしみがこぼれる……」からはじまる詩(やなせたかしの「てのひらのうえのかなしみ」の一節)を呟く。回想シーンはなかったが、蘭子の脳裏には暑い夏の日に豪に支えられながら、鼻緒を直してもらったときの記憶が蘇っていたのではないだろうか。汗ばんだ豪の肩の感触とその温もりと、豪を失った悲しみと共に蘭子は生きてきたのだろう。嵩の詩は、蘭子の悲しみにそっと寄り添っている。

メイコは、仕事で忙しくしている健太郎(高橋文哉)に不安を覚えている様子。母として立派に子育てをしている一方で、ひとりの女の子から母というアイデンティティに飲み込まれてしまったことに虚しさを感じているようだ。メイコは、きれいでおしゃれを楽しめるはずだった時代に、戦争のせいでそれらを諦めるしかなかったと嘆く。過去の放送回でも、未来を夢見て、希望を持てるはずだった青春が戦争に飲み込まれてしまったと語っていたが、メイコのなかにある、若い頃にできなかったことへの後悔は根深いようだ。
嵩は健太郎に、メイコの現状を説明し対策を練るが、なんともとんちんかんな案しか出てこない。そんな2人にのぶ(今田美桜)が見せたのは、嵩の書いた詩である「えくぼのうた」。朝田三姉妹の末っ子として明るく朗らかな印象のあるメイコだが、彼女にも隠れて流す涙があった。「えくぼのうた」は、メイコのなかにある葛藤や喪失感を言語化したような内容だった。健太郎もこの詩を通して、メイコの本心に触れ、恥ずかしがらずにメイコと向き合うことができた。

第108話は、蘭子とメイコを通して嵩が書いた詩の効能を表すような回となった。長年、心に抱える悲しみは、自分ではなかなか言葉にできないものだ。頭で考えていると、いろいろな言葉が浮かび、ぐるぐると悩んでしまうばかり。そんな大小さまざまな悩みを抱えながら生きる人にとって、わかりやすく共感しやすい嵩の詩は、自分の気持ちに言葉を与えてくれたように感じるのかもしれない。
河合と原の絶妙な表情によって、やなせたかしが残した詩の素晴らしさとその詩に救われた人々を描く秀逸な回だった。
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK





















