眞島秀和が『べらぼう』で演じ抜いた“信念の将軍” 徳川家治を理想の上司に

『べらぼう』眞島秀和による“信念の将軍”

 将軍という“檻”に閉じ込められた男が、死の間際まで貫いた信念とは何だったのか。NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第31回「我が名は天」で眞島秀和が演じた徳川家治の最期は、田沼意次(渡辺謙)への揺るがぬ信頼と、それを守り抜こうとする壮絶な意志の物語だった。

 眞島といえば、『麒麟がくる』で明智光秀(長谷川博己)の盟友・細川藤孝を演じ、「長年苦楽をともにした盟友」の関係性を見事に表現した俳優だ。主君への忠誠と、時代を読む冷静さ。『べらぼう』ではその両方を持ちながら、最後まで意次を信じ抜いた将軍を演じきった。

 利根川の氾濫で江戸が混沌とする中、家治の体調は急変する。側室・知保の方(高梨臨)の心配の裏で、側近・大崎(映美くらら)の不穏な動きが一橋治済(生田斗真)の暗躍を物語る。しかし家治が最も恐れていたのは、自分の死ではなく、意次が守ってきた政治が崩壊することだった。

「10代家治は凡庸なる将軍であった。しかし一つだけ素晴らしいことをした。それは田沼主殿頭を守ったことだ」ーー劇中で家治が意次に語ったこの言葉について、眞島は「家治の全てが凝縮されている」と最も印象深いシーンとして挙げている。(※)実際、毒に侵されながらも、家治の瞳には意次への絶対的な信頼が宿っていた。

 圧巻だったのは、死の床で見せた壮絶な抵抗だ。治済の野望が、国を良くしたいという志ではなく、将軍の座を操ることで「将軍などさほどのものではない」と証明したい復讐心から来ていることを、家治は見抜いていた。松平定信(井上祐貴)のような志ある者とは違う。だからこそ、意次を守るために最後の力を振り絞った。

「天は見ておるぞ。天は、天の名を騙るおごりを許さぬ」

 治済に向けて放たれたこの言葉は、単なる恨み言ではなかった。意次が築いてきた政治を破壊しようとする者への、将軍としての最後の抵抗だった。毒に侵され、もはや満足に動けない体で治済の胸ぐらを掴む。その手の震えには、意次を守りきれなかった無念と、それでも最後まで信じ続ける意志が込められていた。

 家斉を「家基」と呼び、「悪いのは、すべて、そなたの“父”だ」と告げる場面も秀逸だった。朦朧としているように見せかけながら、その瞳は治済を鋭く射抜く。亡き嫡男・家基の死にも治済が関わっていたことを暗示しながら、それでも意次への信頼は微塵も揺らがない。この複雑な心理を、眞島は見事に表現した。

 眞島の演技で特に印象的だったのは、死に向かう過程での眼差しの変化だ。肉体は衰弱していくが、意次を思う瞳だけは最後まで力強かった。『麒麟がくる』で細川藤孝が盟友・光秀との絆を大切にしながらも、最後は袂を分かったのとは対照的に、家治は最期まで意次との絆を断ち切らなかった。その一途な思いを、眞島は静かに、しかし確実に演じきった。

 将棋を愛した家治にとって、意次は最高の「飛車」だったとも言える。その駒を最後まで守り抜こうとした将軍の姿は、まさに名局だった。盤上では負けが決まっていても、意次への信頼という一点において、家治は決して負けなかった。

 渡辺との共演について、眞島は『独眼竜政宗』が大河ドラマの入り口だったと明かしている。(※)その主演俳優と絆の深い主従を演じられたことで、より深い信頼関係を表現できたのだろう。「何かあったら責任を取るから、任せるよ」という上司としての家治と、それに応える意次。この理想的な関係を、最期の瞬間まで守り抜いた。

 歴史は家治を「凡庸な将軍」と記すかもしれない。しかし眞島が演じた家治は、田沼意次という稀代の政治家を信じ、守り、支え続けた“信念の将軍”だった。品格を保ちながらも、最期には壮絶な抵抗を見せる。その揺るがぬ信頼は、死を超えて永遠のものとなった。眞島秀和だからこそ表現できた、孤独でありながら誇り高い将軍の最期だった。

参照
※ https://www.nhk.jp/p/berabou/ts/42QY57MX24/blog/bl/pG3k57WNaG/bp/poRxeRVvLb/

■放送情報
大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』
NHK総合にて、毎週日曜20:00~放送/翌週土曜13:05~再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00~放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15~放送/毎週日曜18:00~再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK

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