『あんぱん』創作と史実を繋げる“アンパンマン”の道案内 “灰色の町”が物語にもたらすもの

 実在の人物をモデルにしたフィクションでは史実と創作の違いが気になるもの。朝ドラことNHK連続テレビ小説『あんぱん』はやなせたかしの妻・暢をモデルにしたのぶ(今田美桜)を史実から大胆に改変している。最たる部分は、やなせたかしがモデルの嵩(北村匠海)の幼なじみにしていることだ。

 実際はやなせと暢の出会いは社会人になってから。高知新聞社で出会ったというのが史実なので、これまでの嵩とのぶの関わりはすべて創作である。『高知新聞』をモデルにした『高知新報』編になって、いよいよここからは史実に近づいていくはず。第15週「いざ!東京」(演出:佐原裕貴)は第14週共々、創作から史実へのブリッジのような役割を果たしていた。

 嵩が高知新報に就職し、のぶと同じ『月刊くじら』に配属になった。同僚になったふたりは、『月刊くじら』の次号の取材のため、東京に向かう。東海林(津田健次郎)と岩清水(倉悠貴)も一緒だ。

 史実では『月刊くじら』は『月刊高知』。やなせたかしは最初から即戦力的に、編集、ライティング、挿絵、漫画と八面六臂の活躍だった。ドラマの嵩は目下、絵という一芸で一点突破している。就職面接ではぐだぐだで印象がよろしくなく、のぶがかつて新聞の漫画賞を受賞して掲載された紙面を見せて上層部を説得。おりしも新聞に掲載予定の記事が飛び、穴埋めの挿絵を嵩が描いたことで心象がよくなり、就職が決まった。『月刊くじら』の創刊号でも、嵩は飛んだ原稿の代わりにわずか50分で漫画を描いた。

 このときの穴埋め漫画は「ミス高知」。女性の敬称・Missと間違いのミスをかけたタイトルで、女性が元気にジャンプした顛末を描いた四コマ漫画だ。これは実際に『月刊高知』でやなせたかしが描いたものをドラマでも使用している。ただ、この四コマは史実では創刊号には掲載されていない。

 「ミス高知」がジャンプして失敗するのは、嵩が新聞の漫画賞に入賞したときの漫画と同じアイデアだ。わずか50分しか時間のないなかで、昔取った杵柄とばかりに、初期衝動が頭をもたげたのであろう。そのとき、嵩は自分の昔の漫画をのぶが覚えていて倉庫から探して上層部に見せていたことを知らない。嵩の漫画家の才能の萌芽が社会人になってからも役立っている。それも当人が知らないところで。これはエピソードとしてよくできている。しかもどちらの漫画のモデルものぶを思わせるのも視聴者の心をくすぐるだろう。

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