宮﨑駿は映画を通じて何を伝えようとしてきたのか? 『宮﨑駿の「罪」と「祈り」』序文公開

 『シン・エヴァンゲリオン論』『新海誠論』『攻殻機動隊論』で知られる文芸評論家・藤田直哉による新刊『宮﨑駿の「罪」と「祈り」 アニミズムで読み解くジブリ作品史』が、6月30日に株式会社blueprintより刊行された。本書の刊行を記念して、7月11日にはZoomウェビナーにて、アニメ評論家の藤津亮太を迎えたトークショーも配信される。

 宮﨑駿は映画を通じて何を伝えようとしてきたのか、どのようにして生きるのかを教えようとしているのかーー。科学、戦争、資本主義といった「父の罪」。自然、創造性、生命といった「母の祈り」。その間で葛藤を続けた稀代のアニメーター・宮﨑駿の思想的変遷を、「アニミズム」を導きの糸にして解き明かす。

 リアルサウンド映画部では、序文「創作の背景にある私的トラウマ」を掲載する。

創作の背景にある私的トラウマ

 宮﨑のアニミズムについて考えるにあたって、宮﨑に大きな影響を与えた、ある私的なトラウマについて語ることから本書を始めよう。それは、宮﨑の幼少期についてである。
 宮﨑は、一九四一年、宮﨑勝次、美子の第二子として生まれた。一九四二年、「宮﨑航空機製作所」を、勝次が宮﨑の伯父と作った。徴兵などもされず、景気良く、軍需産業でリッチな暮らしをし、『君たちはどう生きるか』にも登場した豪邸のモデルになった家に住んでいた。最盛期の従業員数は二八〇〇人(大泉実成『宮﨑駿の原点』)もいた。
 このことの罪悪感を宮﨑は繰り返し語る。若い頃に共産主義に傾倒し、日本に対する嫌悪を抱いていた背景には、このような、戦争に加担し兵器を製造していた父の元で裕福に育ったという経験がある。「戦争の被害という事では確かに空襲も受けたし逃げ回ったりもしたけれど、実は我が一族の歴史の中では戦争中が一番景気良かったんです。戦後の混乱の時にも何とか食っていけた」(「アニメーション罷り通る」『宮崎駿、高畑勲とスタジオジブリのアニメーションたち』P57)
 零戦などの部品を作っていた父の元で、兵器や飛行機へのフェティッシュな憧れや親和性の感覚を育てた一方、宮﨑の戦争への嫌悪が非常に強いというのは、よく知られている矛盾である。その根源は、この幼少期にある。
 一九四五年、四歳のとき、宇都宮大空襲に遭遇し、焼夷弾が降り注ぐ中、軽トラックで逃げ、006燃え盛る宇都宮を遠くから眺めた。そこで助けを求めていた女の子を救えなかったことの後悔を、宮﨑は語る。「女の子を一人抱いてるおばさん、顔見知りの近所の人が『乗せてください』って駆け寄って来たんです。でも、そのまま車は走ってしまったんです。そして『乗せてください』って言う声がだんだん遠ざかって行った、っていうのは段々僕の頭の中でドラマのように組み立てられて行くんですが」(P58)
 その経験はひとつのトラウマとなり、宮﨑の罪悪感につながる。自分が逃げられたのは軍需産業に従事する父が豊かで、特権があったため、軽トラやガソリンを所有できていたからだが、そうではない庶民たちは逃げられず死んでいたかもしれない。幸い、この女の子は助かったようだが「自分が戦争中に、全体が物質的に苦しんでいる時に軍需産業で儲けてる親の元でぬくぬくと育った。しかも人が死んでる最中に滅多になかったガソリンのトラックで親子で逃げちゃった、乗せてくれって言う人も見捨ててしまった、っていう事は、四歳の子供にとっても強烈な記憶になって残ったんです」(同)。これは「耐え難い」ことであったが、「自分の親は善い人であり世界で一番優れた人間だ」って思いたいという素朴な感情により「この記憶はずーっと自分の中で押し殺していた」のだという。
 「高校が終るまで物分かりのいい優しい良い子」であった宮﨑は、クラスの中の貧困や格差などを目にして「自分のどっかの根本に、自分が生まれてここまで生きて来たってことの根本に、とんでもないごまかしがある」(P59)と感じ、思春期に「ずーっつ嘘をつき続ける」ことに我007はじめに慢できなくなり、「対面するのは恐ろしい」と思って抑圧していたものに大学生ごろに対決し、「親とも喧嘩をし」た。しかし、「それでもやっぱり親に、あの時なぜ乗せなかったのか、と僕はとうとう言えなかったんです。なぜなら僕も今だったら自信がないんです。僕が今、その場の父親や叔父貴の側に立ったら、車を止めるかどうかよくわからないんですね。つまり、一億匹のブタのうちのほとんどが女をモノにしてしまうブタだったら、やっぱり僕はそっちの側にいるだろうっていう気がするんです」(P59)。後に、宮﨑は、ブタを主人公に『紅の豚』と、『風立ちぬ』の漫画版を作ることになるが、そのブタは宮﨑の自画像であると同時に、戦時中の父を象徴する存在である。
 「助ける」という問題は、今ここで目の前の女の子を助けるということだけではなく、日本国内のその他の空襲の被害者、軍需産業のみならず、戦争の犠牲者たちに拡大していく。「日本国全体が中国や朝鮮やフィリピンや東南アジア各国でやって来たいろんな虐殺やいろんな事と比較すると、やはり日本人全体は加害者だったっていう位置づけをせざるを得」ないと分かりつつ、しかし、そこで助けようとする「子をだすようなアニメーションを作りたいと思うようになったんだ、ってこの歳になって思い至った」。宮﨑作品において、たとえばコナンがすべての人間を救おうとする姿勢を見せることに、その「救いたかった」願いを実現させるヒーローへの祈願を見てとってもいいだろう。

【続きは『宮﨑駿の「罪」と「祈り」 アニミズムで読み解くジブリ作品史』にて】

■書籍情報
『宮﨑駿の「罪」と「祈り」 アニミズムで読み解くジブリ作品史』
著者:藤田直哉
発売中
価格:2,750円(税込)
出版社:株式会社blueprint

■イベント情報
『宮﨑駿の「罪」と「祈り」』刊行記念トークショー
出演者:藤田直哉、藤津亮太
日時:7月11日(金)19:00〜
配信サービス:Zoomウェビナーにて配信
配信期間:7月11日(金)19:0〜7月25日(金)23:59(アーカイブ視聴可)
参加対象者:blueprint book storeにて書籍『宮﨑駿の「罪」と「祈り」』を購入した方

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