興収で読む北米映画トレンド
『F1/エフワン』北米No.1、Apple史上最高のヒット 配信企業の映画ビジネスに変化?
ストリーミング企業による長編映画として、史上最高のヒットといっていいだろう。6月27日~29日の北米映画週末ランキングは、ブラッド・ピット主演『F1/エフワン』がNo.1に輝いた。3日間の興行成績は5560万ドルと、事前の予想通りの初動成績だ。
本作は『トップガン マーヴェリック』(2022年)の監督ジョセフ・コシンスキー、脚本家アーレン・クルーガー、製作ジェリー・ブラッカイマー、音楽家ハンス・ジマーが再結集したレース映画。ピット演じる伝説のF1レーサーが昔の戦友に請われ、経営難の弱小チームを復活させるべく立ち上がる。ところが、自信家の若手レーサーやチームメイトは彼と衝突し……。
本作は日本を含む海外78市場でも興行収入8840万ドルを記録し、世界興収は1億4400万ドル。『ワールド・ウォー Z』(2013年)を抜き、ピットの出演映画としてはオープニング世界興収の新記録となった。特に優れた成績を示したのは、イギリス、中国、メキシコ、フランス、オーストラリア。
製作はApple Studios。本作はAppleにとって、まぎれもなく過去最高のヒット作だ。ここ数年、同社は『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(2023年)や『ナポレオン』(2023年)、『ARGYLLE/アーガイル』(2024年)、『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』(2024年)などの話題作を続々と劇場に送り込んできたが、興行的には厳しい状況が続いていた。
Appleだけではない。もとより劇場公開に力を入れていないNetflixや、同じくオリジナル作品を劇場公開してきたAmazon MGM Studiosといったライバルも、劇場興行の結果は決して芳しくなかった。しかしながら、その結果から「映画の劇場公開はあくまでも自社サービスの宣伝」という文句で(悪く言えば)目をそらしてきたのだ。
まもなく『F1/エフワン』は『ナポレオン』を抜き、Apple史上最高の興行成績となる。製作費2億5000万ドルという高予算のため、劇場興行での黒字化は厳しいかもしれないが、もとより大人向けのレース映画、しかもオリジナル脚本という条件を踏まえれば異例の結果だ。マット・デイモン&クリスチャン・ベール主演『フォードvsフェラーリ』(2019年)でさえ、初動成績は3147万ドルにとどまっていた。
『F1/エフワン』のヒットにはいくつかの理由がある。
ひとつはハリウッドが誇るトップスター、ブラッド・ピットを主演に迎え、再び『トップガン マーヴェリック』級のイベント映画としてアピールしたこと。ピットらが実際に操縦するレーシングカーのコックピットにIMAXカメラを搭載し、各地のサーキットで撮影が敢行された。
劇場配給を担当したワーナー・ブラザースは、観たこともない“史上最もリアルなレース映画”として観客に訴求。実際にIMAX上映の需要は非常に大きく、全世界で2770万ドル(世界興収の19.2%)を記録。北米だけでも414館で1280万ドル(北米興収の23%)を売り上げた。そのほか、プレミアムラージフォーマット上映の売上は全体の58%にも及ぶ。今後も7月11日の『スーパーマン』 公開まではIMAXほかを独占する構えだ。
ワーナーは世界33企業とタッグを組んだ大型タイアップを実施し、ピットも各地のプロモーションに参加。またAppleは自社の製品・サービスを活用し、新たなプロモーションにも乗り出した。映像にあわせてiPhoneが振動するハプティック予告編や、Apple TV+での予告編、Apple Payでのチケット割引、Apple Maps、Apple Music、Apple Podcastsでの企画展開、そしてApple Fitness(日本未進出)での特別ワークアウトなど……。
すなわち本作は、昔ながらのスター映画にして、コロナ禍以降とりわけヒットのカギを握ってきたイベント映画だ。ワーナーによる昔ながらの広報活動と、Appleの多角的サービスを駆使したプロモーションがともに功を奏した一本でもある。逆にいえば、Appleらしい戦略を除き、これは非常にオーソドックスなハリウッド大作のやり方だ。
幸いにも映画としての評価も高く、Rotten Tomatoesでは批評家スコア83%・観客スコア97%を記録。観客の出口調査に基づくCinemaScoreでも「A」評価を得ており、今後の口コミ効果にも期待がかかる。
また『F1/エフワン』の公開日である6月27日には、ライバルのAmazon MGM Studiosが複数年にわたってソニー・ピクチャーズと海外配給の契約を結んだことを発表した。今後は北米ほか自社オフィスをもつ市場では直接配給を担当し、その他の海外市場ではソニーが配給を手がけるという。ストリーミング企業の映画ビジネスは、やはりここにきて劇場に大きな活路を見出しつつあるようだ。