『ルノワール』は何を描いたのか? “印象派”とリンクする、子どもの不完全な”リアリティ

 感受性豊かで、特別なユニークさを持っているフキは、「みなしごになってみたい」という題名の作文を書くなど、ときに大人たちを戸惑わせる行動をする。作文のなかで親を殺してみるという、一見するとやや問題行動といえる彼女の創造性の裏には、彼女が置かれた環境が関係しているように感じられる。フキの父親(リリー・フランキー)は重病で入院生活をおくり、仕事とプライベートで忙しく献身する母親(石田ひかり)は、苛立ちが隠せなくなっているのだ。

 死を予感させる父の闘病と、母との精神的な距離という、大人たちの事情に否応なく巻き込まれるフキは、そんな現実に対して、持ち前のイマジネーションで対処していると考えられる。つまりフキの無軌道に見える冒険は、“父の死”の準備をすることと、大人の行動や心理的傾向を探りたいという意思に集約されているのである。

 周囲の大人たちの秘密や、精神的な綻びと向き合いながら、フキは人間の内面に触れようとする。そこには子どもを庇護しようとする大人の責任感や優しさだけではなく、対照的に子どもに対する悪意であったり、邪(よこしま)な欲望だったりもする。観客は、子どもの不完全な理解を通して、そういった現実的な世界を見ることになるが、そういった子どもが感じる“不完全な”リアリティが、前述した印象派的な筆致とリンクするのである。

 大人の内面に接近しようとすればするほど、フキはさらに危険な領域へと踏み込んでいくことになる。嗜虐心を刺激する不穏なビデオテープの存在やパートナーの自殺への悔恨、不倫問題やテレクラで出会った男に接近する描写など、社会のダークサイドが彼女に襲いかかる。世界は決して“安全な研究対象”にとどまってはくれないのだ。

 そして、大人の本心を見抜きたい、感情の裏にある動機を知りたいという願望は、超能力や心理学への憧れという、彼女の示す好奇心の対象によっても認識することができる。とくに象徴的なのが、フキと父親のあいだで交わされるトランプの遊びだ。カードの絵柄を念力で伝え合うという試みは、物語全体の象徴として機能する。とはいえ、それは対象を一方的な態度で理解しようというアプローチでもある。

 家族の死という心理的な重圧を母親と共有したり、英語の教室で思わぬ共鳴が生まれる場面は、そんなフキの認識に影響を与える重要なシーンだ。教師(Hana Hope)は、「私も中学生のとき父を亡くした」と、フキにハグを求める。フキは、自分以外の誰かと喪失を分かち合うことで、観察や実験から離れ、自分の感情を他者と表現し合うことで、自分の感情を知ることができるという発見に至るのである。それは偶然にも、母親が通うグループセラピーによる治療に近いものがあった。そこには、母親の“合理性”やフキの“創造力”から、“想像力”へのシフトがある。

 現実か幻想か曖昧に提出される、白いクルーザーに乗る場面では、さまざまな人種の人々が集まりダンスをし、フキを歓迎する。この光景は、“相互的な理解”というツールを使うことで大人の世界との接続を果たしたフキを、あたかも祝福しているように見える。世界には悪意や欲望が渦巻いているのは確かなことだ。しかし、必ずしも敵対するものばかりではないのだ。

 かつて父親と遊んだトランプ遊びを、今度は母親とするといったラストシーンも示唆的だ。ここでは、互いに心を開き通じ合わせる努力をすることで、それぞれの喪失を少しずつ克服しようとする二人の成長が描かれている。以前のような家庭にはもう戻れないし、もしかしたらフキも“特別にユニークな存在”ではなくなってしまったのかもしれない。しかしそれは必ずしも悪いことばかりではない。母と娘の新しい関係のはじまりによって、また違うかたちの家庭が生まれ、フキの世界の見方が変容するだけなのである。

 少女が他者の感情を見つめ、戸惑いながらもそこに繋がりを見出そうとする様子を描いた本作『ルノワール』は、主観的なアプローチながら、相互の関係を掴むような対照的なラストへと至る。そして、最後のフキの姿は、観客自身にとっても、他人の心に対する“想像力”や、世界の可能性を問い直す鏡となるのではないだろうか。

参考
※ https://www.arukikata.co.jp/tokuhain/307373/

■公開情報
『ルノワール』
新宿ピカデリーほかにて公開中
出演:鈴木唯、石田ひかり、中島歩、河合優実、坂東龍汰、リリー・フランキー
脚本・監督:早川千絵
企画・制作:ローデッド・フィルムズ
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2025『RENOIR』製作委員会+International Partners
公式サイト:https://happinet-phantom.com/renoir/
公式X(旧Twitter):https://x.com/renoir_JP

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