『しあわせは食べて寝て待て』になぜ視聴者は癒やされたのか 小松CPが明かす制作秘話

 桜井ユキ主演のドラマ『しあわせは食べて寝て待て』(NHK総合)が早くも残り2話となった。本作は、水凪トリの同名漫画を原作に、膠原病を発症したことをきっかけに生活が一変した麦巻さとこ(桜井ユキ)が、身体においしい薬膳料理と団地でのたおやかな人間関係を通して心身を取り戻していく様を描いたヒューマンドラマ。お粥のように素朴でありながらも、温かさと優しさに溢れる物語が視聴者に癒しを与えている。今回は制作統括の小松昌代氏に、ドラマ化にあたって心がけたことや最終回に向けての見どころを聞いた。(苫とり子)

桜井ユキは「麦巻さんと一緒で、すごく反応の良い方」

――『しあわせは食べて寝て待て』をドラマ化するに至った経緯について改めて教えてください。

小松昌代(以下、小松):もともと本作のチーフ演出が原作の大ファンで企画を出しました。私も手に取りましたが、二人同意見だったことが最初のきっかけです。そこには何気ない日常が描かれていて、現実もそうだと思うんですが、ドラマチックなことはそうそう起きないながらも日々感情の浮き沈みや起伏が必ずありますよね。そこをとても丁寧に描いていて素敵だなと思いました。また、おそらくその時、自分が置かれた状況によって胸を打つポイントが変わってくると思うんです。そういう形で観る人に寄り添ってくれるところに魅力を感じ、ドラマ化するに至りました。

――ドラマ化するにあたり、考慮した点はありますか?

小松:ことさらドラマチックにしない、展開を作るために無理やり事件やトラブルを起こすことはしないと決めていました。それよりも心に染み込む言葉が原作にあるので、それを生身の人間にできるだけ自然に言わせるための環境づくりですよね。例えば、衣装や小道具はもちろん、照明の光で一日の流れの表現を工夫したり、飯島奈美さん率いるフードスタイリストチームの皆さんが作ってくださった料理を一番美味しい状態で撮影したり、そこに暮らしている人の息遣いを表現することにスタッフ全員が力を注いでいたので、キャストの皆さんにも自然と役に入っていただくことができたのではないかなと思います。

――小松さんが今おっしゃったように、観ている側としても画面から生活感が漂ってくるような感覚を受けました。

小松:私が以前担当したNHKドラマ『お別れホスピタル』の撮影で病室に2つ並んだベッドを何気なく映している時に、同じ病室なんだけれども、その2つのベッドのそれぞれが独立した暮らしを営んでいる印象をものすごく受けました。今回もそれと同じように表現したいと思いました。どうしてもドラマだと画で主張しようとすると非日常的なアングルで撮影することも多いんですが、そういう意図を極力排除して、麦巻さんや鈴さん(加賀まりこ)の日常を視聴者の皆さんが観察しているような感覚になれるような撮影を演出が心がけていました。

――確かに、誰かの日常を覗いているような気分になりますし、その中で桜井さんが見せるふとした表情が心に留まります。桜井さんはこれまでクールな役柄を演じられることが多かったので、新鮮味があるのですが、オファーのきっかけは何だったのでしょうか?

小松:麦巻さんってもともとはバリバリお仕事をしていて、ある意味で活発な人だったと思うんです。もちろん、感受性の豊かな方なので、仕事のことや人間関係などで落ち込むこともあったと思うんですが、それを自分の中で消化して前に進まれていたんじゃないかなと。そんな方が病気を発症して、そのことでいろいろと辛い経験もしたので、今は気後れしてしまっているわけですが、悲劇のヒロインにはならず、自分にできることを淡々とこなしてひたむきに生きている。なおかつ、すごく反応の良い方で、ふとした時に出てくる心の声にすごくユーモアがあるんですよね。そういう弱さと強さ、暗さと明るさの両方をきっと桜井さんなら塩梅よく演じてくださるんじゃないかなと思ったんです。私自身が以前から桜井さんの出演作を拝見していて、「それまで演じた以外にも、色々な表現をお持ちの方なんだろうな」と気になっていたのもあり、キャスティングを決める時に真っ先にお顔が思い浮かびました。

――実際に一緒にお仕事をされてみて、桜井さんにどのような印象を持たれましたか?

小松:桜井さんは役に対して真摯に向き合いつつも、率先して現場を楽しく盛り上げてくださる頼りがいのある方で、私自身もすごく助けられました。お芝居に関して言えば、その“居方”だけでものすごく表現をされる方。第1話で麦巻さんが司(宮沢氷魚)に「風邪の時にお年寄りの家に来るなんて非常識です」と言われた後、バス停のベンチにただ座っているシーンがあったと思うんですが、その姿を見た時に、こちらが変に凝ったことをしなくても、桜井さんが全身で表現してくれることを逃さずに撮るだけで十分ドラマになるなと確信しました。なので、きっと歩き方、座り方一つとってもご自身でいろいろと考えていると思うんですが、どうやらそれを一旦リセットしてから現場に入られるみたいで。現場に身を委ねて、その場所の空気感だったり、お相手の反応だったりを瞬時にキャッチしながら、ご自分の演技に吸収されていらっしゃるのを感じました。そういう意味では麦巻さんと一緒で、とても反応の良い方だなと思います。

――鈴さんと司の関係性もすごく微笑ましくて、個人的には2人がテレビのリモコンを取り合って追いかけっこするシーンが大好きなんですが、加賀さんと宮沢さんのコンビネーションについてはいかがでしたか?

小松:まず宮沢さんが司のまんまと言いますか、本当にほんわかした雰囲気で周りを包み込む方なんですね。加賀さんも、そこに魅力を感じていらしたようで。加賀さんは普段は凛とされているんですが、宮沢さんと一緒にいらっしゃると本来お持ちの柔らかさがグッと引き立つんです。ドラマは「キャストの組み合わせが勝負」だと思いますが、そういう意味では本当にいい組み合わせだったなと思いますし、おふたりとも心から楽しんで鈴さんと司さんの関係を作ってくださっている印象を受けます。鈴さんと司さんが並んでいるシーンを観ると、2人とも言葉には出さないけど、お互いのことを信頼し合っているんだろうなというのが伝わってきて、すごく素敵だなと思います。

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