『片思い世界』と『それでも、生きてゆく』の決定的な違い 坂元裕二が描き続ける“他者”

 坂元裕二作品には「理解できない他者とどう向き合うか?」というテーマが根底にある。それをラブストーリーで描くと『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)や『最高の離婚』(フジテレビ系)、親子のヒューマンドラマで描くと『Mother』(日本テレビ系)や『Woman』(日本テレビ系)、そして犯罪を題材にしたミステリードラマで描くと『それでも、生きてゆく』(フジテレビ系)や『初恋の悪魔』(日本テレビ系)となる。

 この3つの物語を本作は同時に描こうとしたのだが、残念ながら、さくらと増崎の関係だけはうまく描けていないと感じた。

 優花の母親・彩芽が増崎の元に訪れ、子どもを殺された母親と殺人犯の関係に重点が置かれたことで、さくらと増崎の関係がぼやけてしまったことが一番の原因だが、それ以上に増崎の描き方が唐突で、最終的に殺人犯がモンスターとしてしか描かれていないことが引っかかった。

 ただ、この描き方はある種の必然だとも感じた。

 これまで坂元裕二が描いてきた殺人犯は、どれだけ歩みよろうとしても最終的に拒絶される究極の他者として描かれてきた。この描き方は理解できない存在を世間の常識でわかった気になってはいけないという作家としての誠実さの現れだったが、その結果、殺人犯をモンスターとしてしか描けなくなってしまうという限界を抱えていた。

 『それでも、生きてゆく』が傑作だったのは、殺人犯の青年の気持ちを理解しようと悪戦苦闘した結果、挫折するという作者の試行錯誤の痕跡が物語の中に刻まれていたからだが、『片思い世界』はその結論部分だけを抽出しているように見えてしまった。

 幽霊の描き方や美しい合唱曲など美点の多い本作を、その一点だけを理由に失敗作と言うつもりはない。

 しかし今後、坂元裕二が理解できない他者を描き続けるのなら、そろそろ殺人犯の視点から世界を見つめる覚悟が必要なのではないかと、本作を観て感じた。

■公開情報
『片思い世界』
全国公開中
出演:広瀬すず、杉咲花、清原果耶、横浜流星、小野花梨、伊島空、moonriders、田口トモロヲ、西田尚美
脚本:坂元裕二
監督:土井裕泰
配給:東京テアトル、リトルモア
©︎2025『片思い世界』製作委員会
公式サイト:kataomoisekai.jp
公式X(旧Twitter):@kataomoi_sekai

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