『おつかれさま』なぜ世界中で大ヒット? 誰が観ても共感する“普通の人々”の愛おしさ
本作は、エスンとグァンシクの家族ヒストリーとともに、ヨム・ヘラン演じるエスンの母グァンネから始まる母と娘の物語も重要なテーマとなっていた。「女より牛に生まれたほうがマシ」と言われる時代を生きたグァンネ。大学に行って詩人になりたかったのに結局20代を台所で過ごしたエスン。娘には、そんな人に酷使されるような人生を送らせたくない……。単なる親子愛ではなく、母が娘に託す願いや娘から母になる姿を通して、その時代の女性の感覚とともに彼女たちが繰り広げる小さな闘いが描かれていった。
そうしたことが、女性のみの闘いではなく、エスン&グァンシク家族の社会へのささやかな抵抗として描かれていくのも本作の特徴だった。パク・ボゴム演じるグァンシクが、えんどう豆をわけてあげるために、振り返って娘のいる食卓に座り直すシーンは、その象徴でもあった。家父長制が今よりずっと強かった当時の韓国の南の島の片隅で、男性がこのような行動をとるのは、おそらく容易なことではない。
一見、大したことに見えないひとり一人の小さな革命が、世の中を少しずついい方向に変えていくのかもしれないと、さまざまな場面に自分の人生を照らし合わせ、希望を感じた視聴者も多かっただろう。
親子や家族の物語が色濃く映し出されていく本作だが、最後はその枠組みを超えて放たれていくように描かれていることも印象に残った。エスンの詩人になる夢が、思いも寄らない形である人の心に届き実現する(ここでエスンの母親役のヨム・ヘランが一人二役で登場するのも心憎い!)。脚本家イム・サンチュンの前作『椿の花咲く頃』のラストの落とし方にも少し似ている。人生を誠実に生きた人は、報われる世界でなければならないのだ。
ドラマの英語タイトルは、『When Life Gives You Tangerines』。「When life gives you lemons」(人生につらいことがあるとき)という慣用句があるが、“lemons”(レモン)の部分を済州島の特産品である“Tangerines”(ミカン)に変えたという粋なタイトルだ。
だが、済州島の方言である原題『폭싹 속았수』を直訳した邦題『おつかれさま』のほうがしっくりくる。観ている最中も心の中で何度つぶやいたかわからないが、視聴後は心から「おつかれさま」とすべてに対して労いの言葉を贈りたくなる、そんな作品である。
■配信情報
『おつかれさま』
Netflixにて独占配信中
出演:IU、パク・ボゴム、ムン・ソリ、パク・ヘジュン
演出:キム・ウォンソク
脚本:イム・サンチュン