古舘寛治が信じる“映画の力” 足立正生監督作『逃走』桐島聡を演じた先に見つけたもの
映画は人生を変えうるものだと思う
――実在の人物を演じるときと、完全にフィクションとして書かれたシナリオの登場人物を演じるときでは、アプローチは異なるものですか?
古舘:僕としては、現場でやること自体はあまり変わらないんです。たとえば『いだてん ~東京オリムピック噺~』(2019年/NHK総合)の可児徳役のように、実在の人物で、記録がたくさん残っているような人であれば、もちろん事前に勉強しますし、それが演技にも影響します。その人が亡くなっていても、ご遺族や親交のあった人などが多くいらっしゃる場合は、やっぱり気にはなりますよね。なるべくその人の実像に忠実に、似ているなと思ってもらえるように演じたいなとは思います。でも、現場においてはフィクションであろうと、実録作品であろうと、自分のアプローチは変わりません。なぜなら脚本がもうできているから。実話がもとになっていたとしても“劇”である以上、それはフィクションですから。僕はその脚本に書かれたセリフをちゃんと言うための準備をして、現場に臨む。今回の『逃走』でも、僕が演じたのは“足立監督から見た桐島聡”でしたから、普段と変わらないアプローチで臨んだという意識でした。
――桐島聡という人物に、古舘さん自身が共感するところはありましたか?
古舘:共感したのは、やっぱりその真面目さですよね。真面目さゆえの、社会に対する憤り。彼の場合、大企業、日本という国、政治などに対して「これはおかしいだろう」と強く思うところがあり、義憤をもって実際に行動したわけですけど、同じような心情を抱えていた人は当時たくさんいたと思うんです。でも、彼はたまたま「東アジア反日武装戦線」の仲間と出会い、活動に目覚め、逃亡生活に身を投じていく。結果的には指名手配になるわけだけど、それ以外の部分では、政治意識と批判精神の強い、普通の青年だったんじゃないでしょうか。そういう部分では全然、共感できます。僕もわりと正義感の強いほうだと思うので(笑)。
――逆に、理解を超えた部分というのも、あったわけですよね。
古舘:そうですね。なぜ50年近くも逃げ続けたのか、なぜ途中で投げ出さなかったのか。多数の犠牲者を出した三菱重工ビル爆破事件には、彼自身は関わっていなかったのだから、自首しても刑は軽減できたのではないか……。実際に自分の仲間が捕まって収監されたという事実も大きかったと思うけど、素性を偽って逃亡生活を続けた理由については、僕はなかなか想像しにくいところだし、足立監督は「それが彼の闘いだったのだ」と理解している。それはやっぱり、足立正生という稀有な人生を歩んできた人だからこそ辿り着けるものじゃないでしょうか。
――映画には、桐島が後半生で、わずかながらに人生を楽しもうとしていた部分も描かれます。そこには共感しますか?
古舘:実際、桐島さんが音楽バーに通っていたときの写真や映像が残っていて、それを見ると、すごく人のよさそうな笑顔を浮かべているんですよね。例の有名な手配写真と似たような黒縁眼鏡までかけていて、「逃げる気あるのかな?」と思うんだけど(笑)。音楽が好きで、赤ワインが好きで、もともと楽しいことが好きな人だったんじゃないかな。そういう素直さ、純真さが、彼を活動にのめり込ませた部分もあったと思うんですけど。でも、内田洋という偽名で生活していたときは、「意外と楽しく生きていたのでは?」というのが僕の想像です。そうであってほしいな、とも思うんですよね。音楽に合わせて楽しそうに踊る桐島さん本人の映像を見ると、それが「救い」に思えるんです。
――終盤、桐島が感極まるシーンがありますが、まさにキャラクターの心情に完全に同化したような、渾身の演技だと思いました。
古舘:あそこは僕にとってもいちばん好きというか、大事なシーンでした。あのシーンは実は……まあ、20年後にお話しします(笑)。少々ロマンティックすぎる想像ですけど、桐島さんに「あなたの映画がふたつもできるんですよ」と伝えたら、この場面で僕が演じたような感情を抱くんじゃないかな、と思ったりしました。
――こうして桐島聡という存在が忘れ去られることなく、映画として残っていくことの意義はどう思われますか?
古舘:映画の力とか、フィクションの力って、僕らはよく語りたがるものですけど、最近は無力感を覚えることも多いですよね。どれだけ素晴らしい作品を撮っても、どれだけ力強いメッセージを放っても、社会は壊れていくものなんだなぁと日々思い知らされる……そんな時代ですよね。でも、フィクションや芸術がなんの力も持たないのかというと、個を救うことはできる、とは今も思うんです。僕なんかも、映画に心を打たれてこういう道を選んだ人間なんでね。それが良かったことなのかは分からないけど(笑)。映画は人生を変えうるものだと思うし、この作品が誰かにとってそういう存在になってくれたら素晴らしいな、と思います。
■公開情報
『逃走』
3月15日(土)ユーロスペースほか全国順次公開
出演:古舘寛治、杉田雷麟、タモト清嵐、吉岡睦雄、松浦祐也、川瀬陽太、足立智充、遊屋慎太郎、小橋川建、神嶋里花、永瀬未留、さいとうなり、伊島空、東龍之介、神田青、瓜生和成、宮部純子、大川裕明、小水たいが、浦山佳樹、枝元萌、木村知貴、内田周作、佐藤五郎、岩瀬亮、輝有子、信太昌之、大谷亮介、中村映里子
監督・脚本:足立正生
エグゼクティブプロデューサー:平野悠
統括プロデューサー:小林三四郎
プロデューサー:藤原恵美子
アソシエイトプロデュ―サー:加藤梅造
撮影:山崎裕
音楽:大友良英
挿入曲:「DANCING 古事記」(山下洋輔トリオ)
企画:足立組
企画協力:寺脇研
キャスティング:新井康太
製作:LOFTCINEMA、太秦、足立組
配給:太秦
2025年/日本/DCP/5.1ch/114分/英題:Escape
©「逃走」制作プロジェクト 2025
公式サイト:kirishima-tousou.com