山口馬木也が藤田まことから継承したもの 『侍タイムスリッパー』の成功に繋がった時代劇魂
『侍タイムスリッパー』が大ヒット。主人公で、現代の京都の撮影所にタイムスリップした会津藩士・高坂新左衛門を演じている山口馬木也に注目が集まっている。日刊スポーツ映画大賞・ブルーリボン賞の主演男優賞を受賞したほか、日本アカデミー賞の主演男優賞にも選ばれた。1998年にデビューしてから、バイプレイヤーとして、映画、テレビドラマ、舞台で幅広く活動し、50代にしての快挙である。
山口の俳優人生の転機となったのが『剣客商売』。2003年の第4シーズンから、藤田まこと演じる秋山小兵衛の息子・大治郎役に大抜擢されると、名優・藤田まことの芝居への取り組み方に大きな影響を受けた。このたび、「没後15年 藤田まこと」特集として、CSホームドラマチャンネルで『剣客商売』を一挙放送するにあたり、山口にインタビュー。当時のことを振り返りながら、いまを見つめてもらった。
「困った時の藤田(まこと)さん」
――『剣客商売』に山口馬木也さんが参加したのが2003年。そこから20年以上経ちました。今回、改めて放送されるにあたり、どのようなお気持ちでしょうか?
山口馬木也(以下、山口):20年以上前とはびっくりですね。2003年から2010年までの長い間、ほんとうにお世話になりました。正直言うと、いま放送するのは恥ずかしいです。照れくさくて……。もちろん、大好きな作品だったし、楽しみでもありますが、あの時いったい自分が何をしていたのか、もう一回自分で確認することになると思うと、怖さもあります。
――当時、かなり大抜擢だったと思いますが、決まったときのお気持ちを覚えていらっしゃいますか?
山口:若かったので、重要な役に抜擢されたということも意識していなかったです。むしろ、意識していたら多分できなかったと思います。前任者は渡部篤郎さんという素晴らしい俳優さんで、彼の演じた秋山大治郎が人気を博した後、「誰がやるんだ?」と注目されているなかで、周囲の好奇心をすべて受け止めていたら、多分僕はできなかったでしょう。何もわからないまま、「えい!」と乗り込んでいっただけで、今思えば、若気の至りでしたね。
――もし今だったらどうですか?
山口:今だったらそれなりの覚悟を持って、現場に入ると思います。あの頃は、いい作品で、いい役をもらえたと、思っていただけで。後で考えるとおそれを知らなかった(笑)。
――はじめて『剣客商売』の現場に入ったときは?
山口:それまでも時代劇の経験はありましたけど、あそこまでの出番の役はいただいたことがなくて。妻・三冬役の寺島しのぶさんもシーズン4からの途中参加で、そのうえ本格的な殺陣もたぶん、はじめてだったと思うので、ふたりして、「今日は抜刀あるかなぁ、納刀あるかなぁ」なんて、気にしながら、一緒に練習していたことを思い出します。僕は殺陣のみならず、時代劇の所作もおぼつかなくて。殺陣に限らず、ほかにも様々な時代劇特有の所作の決まり事があり、食事の仕方ひとつとっても、ひとつひとつ覚えなくてはならず、半分パニックになりそうでした。僕のファーストカットは秋山家の食卓で食事するシーンだったのですが、一滴も唾が出なくて飲み込めず、もごもごやっていて、まわりの目が非常に怖かったです(笑)。
――父親役の藤田まことさんはそのときどうしていたのでしょう?
山口:この食事のシーンではじめてお目にかかったのですが、僕がもごもごやっていたら、「そういう時は、椎茸みたいなものを食べるんだよ」とやさしく教えてくださいました。椎茸を煮しめたものがあって、それは喉越しがいいので、セリフが言いやすいだろうって。おかげですこし緊張がほぐれて、座組に入れてもらった感がありました。大治郎という役は皆さんが大事に守ってきた役でしょうから、どこの馬の骨かわからない奴が急に参加したら、スタッフもキャストもみなさん、正直、不安だったと思います。でもその日の撮影を終えてみると、ファミリーとして迎え入れていただけたかなって。それは多分、藤田さんの影響があったと思います。藤田さんはすごくユーモアがあって、現場でいい空気を作ってくださる方でした。
――大治郎をどういう人物と捉えて演じていましたか?
山口:渡部篤郎さんが演じた大治郎を見ていたので、複雑な思いがありました。渡部さんは言い回しや所作がおしゃれでしたよね。時代劇には珍しい雰囲気があった。あの感じは僕にはとうていできないので、どうやったら違う色を出せるだろうか、どこかに僕のオリジナルの個性を出したいと、ああでもないこうでもないと考えたすえ、僕は僕なりの素朴さと真っ直ぐさで勝負しようと思いました。大治郎役に限ったことではないのですが、役は自分ひとりで作るものではなくて、共演者や周囲との関わりでできていくものだと思っています。役とは多分、僕ができることが2割であとの8割ぐらいは周りの方に作ってもらうものだと。おそらく渡部さんの大治郎も『剣客商売』のメンツによって作られたところがあると思うんですよ。同じ面子でも、やっぱり渡部さんのようにやれるわけではなく、そこが芝居の面白さで。皆さんに協力していただくことで、僕なりの大治郎を作っていきました。
――2003年から2010年と長い期間演じることになった大治郎は山口さんにとってどういう存在でしょうか?
山口:大治郎をやっていなかったら役者を続けられてなかったと思います。僕の俳優としてのキャリアは確実に大治郎から始まっています。もちろん、その前にもいろいろな作品をやりましたが、多分、僕の芝居の原点になっているのは間違いなく大治郎だし、ひいては藤田まことさんなんですよ。
――藤田まことさん、最初は優しかったとのことですが、厳しいときはなかったのでしょうか?
山口:よく、「藤田さんに何か演技について怒られたことありませんか?」と聞かれるのですが、僕は全く怒られてないです。『必殺仕事人』の時代は現場で厳しい言動もあったらしいですが、僕はそういう局面を見たことがありません。怒られはしませんでしたが、俳優として大事なことをたくさん教えていただきました。『侍タイムスリッパー』もそうでしたが、僕の中では、「困った時の藤田さん」なんですよ。例えば、舞台でも映画でも初日に緊張した時、「お願いします、守ってください」と祈ります。舞台が長く続いて、気力体力を失いかかっているときも、今日、藤田さんが観に来てくれるかもしれないから、よし、頑張ろうと力が湧いてきます。
――藤田さんに祈ると、効果みたいなものはありますか?
山口:応えてくださるような気がしますよ。以前、ご病気で、舞台をお休みされたとき、「この借りは絶対いずれ返すからな」とおっしゃってくださって、そのまま亡くなられたのですが、『侍タイムスリッパー』がヒットした時、これがあの時の借りを返してくださったということなのかもと思いました。あくまで僕が勝手にそう思いこんでいるだけですが。
――藤田さんの厳しい瞬間はまったく見なかったのでしょうか?
山口:芝居についてなにかおっしゃるのを僕は聞いたことなくて……。いや、正確には、2回ほど厳しい姿を見たことがあります。消え物の扱いにこだわられていたことと、ある絵に情緒がないからと描き直しをリクエストされていたことです。気にかけた意味はすごくわかります。
――それはどういうことでしょうか?
山口:神は細部に宿るということです。たとえば、衣装を着れば、その瞬間、役のスイッチが入りますし、食卓でおいしい料理を囲めば、独特の空気になりますし、 そこに幼い子どもがいれば、雰囲気が和むし、庭に鶏がいて、その辺を歩いて餌をつついていたら自然とそれに目がいくし……というように、『剣客商売』のスタッフの方々はしっかり世界観を作りこんでくださっていたんですよ。あまり映っていないところにも手を抜かず丁寧に心をこめることの大事さを、藤田さんはおっしゃっていたのだと思います。今でも、出演を見て、ここは藤田さんのジャッジの影響を受けているなあと自分で見ていて分かります。『侍タイムスリッパー』でケーキやおにぎりを食べる仕草は、藤田さんの物の見方とか考え方とかがベースになっているなと思います。
――ケーキやおにぎりをたべるとき、藤田さんからどんな影響を受けたのでしょうか?
山口:おにぎりを食べて、磐梯山の雪のようだ、というセリフは、台本では「真っ白な雪のようだ」でしたが、彼の故郷の「磐梯山」を思い出すというディテールを思いついたのは、多分、藤田さんの影響です。藤田さんは、家ではセリフを覚えず、現場で覚えるんです。台本だけではわからないことがいくつもあって現場に立って見て気づくことがあるからなのでしょうね。その気付きはまるで光が差したようなもので、こっちの方がいいねとなるんです。理屈で台本を読んでいるのではなく、現場の肌感覚を大事にしている。自分がそこにいて何か違和感があったら、違和感を修正するようにするし、何かふと風が吹いたら、それを感じた感覚を大事にしたいと心がけているのは、確実に藤田さんの影響です。
――藤田さんとは現場でお互いにどんなふうに名前を呼んでいましたか?
山口:僕は藤田さん、もしくはまことさん。藤田さんは「マッキー」と呼んでくれました。とてもかわいがってくださったんですよ。息子の役だからというのもありますが、あのチームの中では僕は年少だったし、孫のような感じだったのではないでしょうか。先ほど、怒られたことがないと言いましたが、一回、ありました。お食事に連れて行っていただき、鍋を食べたのですが、しめにお蕎麦入れるときに失敗してすごく怒られて(笑)。麺をパラッと鍋にほぐしながら入れる役割を、僕は料理好きだったからパスタを茹でることにも慣れていたので、僕やりますなんて言ってやったら、ボンと鍋に固まりで落ちちゃったんですよ。その時に「おい!マキヤ!」って(笑)。