『おむすび』は『モテキ』とセットで観るべき 仲里依紗を“主人公”にした緒形直人の名演

 思えば、結も、おしゃれによって、冴えない高校時代を塗り替えることができたのだ。『おむすび』は様々な要素があっちいったりこっちいったりして、ややわかりにくい構成ではあるが、震災で心に傷を負った歩が、おしゃれを通して、自分も立ち直り、まわりの人の心のケアもしていくというお話なのである。ただし、彼女は決して万能ではない。彼女もまた傷が完全に治ったわけでなく、その傷を抱えて生き続けるのである。

 震災から17年経って、一見、社会は復興しているようではあるが、完全に復興しているわけではなく、人も、街も、傷ついたままのこともある。孝雄も歩も、生きようとすると、真紀(大島美優)を忘れてしまいそうになり、そんな自分たちをゆるせなくてまた傷つく。愛子は歩に「忘れるってそんなに悪いことじゃないと思うけど。そのぶん前に進めてるってことでしょう」「思い出せるときに思い出せばいいとお母さんは思う」と助言する。

 そして、ひみこは「アユ、人生は一瞬やで」と語り、抱きしめるしかない。ふらっと神戸に寄って、ふらっとどこかへ去っていくひみこ。チャンミカ(松井玲奈)の店に入った窃盗犯を友人に頼んでみつけてもらい、自首を迫ったらしきひみこはいったい何者なのか。たぶん、ちょっとわけありなのだろう。そのわけを背負いながらも、せいいっぱいおしゃれして、愉快に生きようとしているのだろう。ひみこと歩の別れの場面は、それが感じられてなんだかグッと来た。ひみこの生きてきた濃密なたぶん壮絶な道のりが見えた気がしたのだ。また、孝雄が真紀は心のなかにいると力強く笑ったときの表情にもグッと来た。

 孝雄は、歩と同じ喪失を体験し、傷ついて、むしろ歩に励まされて、ここまで来た。そして今度は、彼が歩を励ます側にまわる。娘の墓の前で満面の笑顔で「超アゲー」とダブルピースする孝雄は、懸命に、歩と、自分を、鼓舞していたのだろう。歩を見ると真紀を思い出すと苦悩した孝雄のことを、歩がずっと気にしていたのを知ったとき、元気な自分を見せることで、その呪縛を断ち切ろうとしたのではないか。生き残った者同士、生きていこうという孝雄の思いを、この瞬間を全力でせいいっぱい表現する姿が胸を打った。

 『モテキ』のようにハッピーエンドを作ろうと思った2011年。あれから10年以上の年月が経ったが、解決しない問題が山積みで、そこにさらに問題が上乗せされていくばかり。日本はますます元気がなくなっている2024〜25年に作られた『おむすび』は、ハッピーエンドに振り切れないものを感じざるを得ない。ハッピーエンドで終われない、哀しみや苦しみが断続している時代、何度もその感情がぶり返しても、それを否定することなく、受けいれながら、少しずつ前を向いて生きていく方法を模索する。これが正解だと言い切れるものはひとつもない。『おむすび』はまさにいまの混迷の時代が生んだ物語であると思う。

 第84話で、歩が真紀との思い出がしまってあった缶に写真をしまい、そっと蓋をする姿に現れて見えた。心に蓋をするとか開けるとかいう表現があるが、この缶はまさに歩の心であろう。蓋をしても、時々また開ければいい。

■放送情報
連続テレビ小説『おむすび』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:橋本環奈、仲里依紗、北村有起哉、麻生久美子、宮崎美子、松平健、佐野勇斗、菅生新樹、松本怜生、中村守里、みりちゃむ、谷藤海咲、岡本夏美、田村芽実ほか
語り:リリー・フランキー
主題歌:B'z「イルミネーション」
脚本:根本ノンジ
制作統括:宇佐川隆史、真鍋斎
プロデューサー:管原浩
写真提供=NHK

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