『結婚するって、本当ですか』は早見沙織の真骨頂 “不器用な偽装夫婦”の演技が映える

 毎シーズン、欠かさず何かしらのTVアニメにレギュラー出演している声優の早見沙織。2024年の秋アニメでは「異世界」ものの『ひとりぼっちの異世界攻略』に出演していたが、もう一方の主演作『結婚するって、本当ですか』は、現実世界を生きる男女を描いた隠れた名作だった。早見が演じる本城寺莉香は旅行代理店に勤務する若い独身女性。独身者優先で派遣される海外支店への転勤が嫌で、あまり交流がなかった大人しい同僚男性・大原拓也に結婚話を持ちかける。もちろんこれは、海外派遣を逃れるための口実作りで本気の結婚ではない。同じ独身のタクヤも利害の一致でリカの提案を飲み、2人は偽りの夫婦として毎日を送る。

 『結婚するって、本当ですか』のユニークなところは、嘘の結婚を社内で祝福されてしまい、同僚たちから結婚の素晴らしさ、夫婦の良さを説かれているうちに、2人の主人公も「そういうものなのか?」と考え始めるところにある。タクヤもリカも人付き合いが苦手で、他人と関わりを持つよりは、1人でいたほうが気楽で良いと考えている。タクヤは保護猫と共にアパートで静かに暮らし、リカは地図を眺めながら行ったことがない場所を空想するのが好きという趣味を持っている。そんな2人が偽りの夫婦を演じているうちに、いつしか互いを強く意識し、結婚という今まで無縁だった出来事に向き合っていくのだ。

 農家を営むタクヤの実家にリカが挨拶に行く第4話「人生を、分かち合えますか?」と、第5話「一緒に旅を、しませんか?」は、早見沙織の演技の素晴らしさを味わえるエピソード。タクヤの祖母に結婚の話は嘘なんだとリカは告白するが、それを真に受けない祖母は「タクちゃんといつまでも仲良くしてやってね。タクちゃんは本当にあんたのことを好いとる」と心を込めた言葉を贈る。リカもその夜、タクヤとの出会いを通して様々な体験をしていることが楽しいのかも知れないと心情を語った。1人のほうが自由だと考えていたリカは、2人でしか出来ない旅を体験し、この不思議な感覚が結婚というものだろうかと思い当たるのだ。農家の畑で気を失ってから目覚めるまでのコミカルな演技のあとだけに、うっすらと自分の気持ちに気付いていくリカのモノローグで早見の静かな演技が映える。この旅行を通して2人は急接近するのだが、互いに気持ちを打ち消しながら、事務的に偽りの夫婦のままであろうとする。

 日常生活ではペルソナをつけ、時々本音が心の声で漏れてくる。早見が演じたこれまでのキャラクターの中では『SPY×FAMILY』のヨル・フォージャーもこのタイプだ(そして偶然にも『SPY×FAMILY』でも偽装夫婦の話である)。とはいえ、破天荒なアクションコメディと違い『結婚するって、本当ですか』は、私たちの日常に根差した、結婚という人生の課題を主軸に置いた展開なので、早見の芝居がさらに現実味をもって胸に沁みる。12月19日に迎えた最終回は特に良い。

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