脚本・君塚良一はなぜ『室井慎次』の企画を立ち上げたのか “友人”室井慎次への愛を明かす

 12年ぶりに『踊る大捜査線』(以下、『踊る』)プロジェクトの新作となる前後編の映画『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』が劇場公開され、2026年には青島俊作(織田裕二)が主人公となる『踊る大捜査線 N.E.W.』が公開されることも発表された。

 『室井慎次』前後編は、シリーズに登場するキャリア官僚の室井慎次(柳葉敏郎)を主人公にした作品。警察を辞めて古郷の秋田で暮らす室井の、その後を描いた物語となっている。

 監督:本広克行、脚本:君塚良一、プロデューサー:亀山千広という『踊る』シリーズを作り続けてきた3人が再結集した本作だが、意外なことに企画の始まりは君塚が亀山に送った一本のメールだったという。

 君塚は室井慎次にどのような思いを込めたのだろうか?(成馬零一)

『室井慎次』が引き継いだ日本映画の伝統

ーー今回の『室井慎次』は、君塚さんが亀山さんに送ったメールが始まりだったそうですね。

君塚良一(以下、君塚):僕の中で「室井慎次が今どうしてるんだろう?」という思いがあったんですよね。それで亀山さんに「室井慎次の現在を見つめたい。終焉の地を描きたい」「亀山、君塚、本広の3人で仕事がしたい」というメールを送りました。 

ーー君塚さんからメールが来たことに、亀山さんは驚かれていました。(亀山千広Pが明かす、『踊る』シリーズへの“責任” 『室井慎次』に込めた“終わり”の在り方

君塚:40年近い作家人生ですが「これをやりたい」と人にメールを送ったことは一度もなかったんです。提案された企画に対してこういうことをやりたいって言ったことはありますけど、基本的にはどの仕事もオファーを受けて書いていました。今回は、まず何より「今、室井がどうしてるのかを考えたい」という気持ちを一番に伝えたかったんですよね。 

ーーメールを送った時点で、今回の結末は君塚さんの中である程度、決まっていたのですか?

君塚:僕の中ではそうですね。ただ、それは三人で話し合って決めることなので、2人がそういう話に興味がないと言ったら、また違う話になっていたかもしれない。本広監督は最初は乗り気でなくて「う~ん」と言ってましたけど、1年かけて話し合いを続け、最終的に『踊る大捜査線』の原点に立ち返ろうと考えた結果、今の型になったという感じですね。 

ーー今回、本広監督はすごく悩まれたそうですね。 

君塚:最終的な作品の責任は本広監督が被るわけだから、気軽にやるとは言えないですよね。現場でも相当、悩まれただろうし。今回は亀山さんがかなりフォローしてくれたんです。『室井慎次』は個人的な思い入れを込めたパーソナルな作品で、僕にとってはエッセイのようなもの。僕の思いは脚本の中にあって、映画としてスクリーンで上映されているものは、2人の共同作業によって出来上がった2人の作品だと思います。その意味で、『踊る』的でありながら『踊る』と違う面もあり、室井慎次を見つめた作品になったと思います。 

ーー過去作の映像が回想シーンとして挟まっていたこともあってか、結果的に『踊る』を振り返る作品になったと思います。 

君塚:回想シーンに関しては、脚本でもポイントポイントで書いていたのですが、結果的には本広監督がとても多く入れました。映画を観て僕は分かったのですが、始まっていきなり室井さんが田舎で畑仕事してたら誰もついていけないので、ゆっくり馴染ませないといけない。そのためには1時間かかってもいいと。まずはゆっくり進めて、その中で過去のことを思い出してもらうために回想シーンが多いんです。面白かったのは、映画を観ているうちに観客として、メタ構造みたいになっていたことで。つまり、あの映画版は横長にしてすごくグレーディングでフィルムっぽくしているんです。テレビの過去映像は白に転がしてブラウン管テレビの映像っぽかったじゃないですか。ずっとそういう映像が続くので、どこかで『カイロの紫のバラ』みたいに、突然、フィルムの中の室井さんが急に振り返って、畑仕事してる場合じゃないからこっち来いよって引っ張って、レインボーブリッジの事件の中に入ったり、スクリーンの中にいる室井さんが、その内こっちに向かって喋りだすんじゃないか、と思ったぐらいです。 

ーー僕は映画を見終わった現在の方が、室井や青島の存在を身近に感じるようになりました。『踊る』の世界は現実と時間の流れが同じで登場人物が一緒に年を重ねているので、青島も室井も、友達の知り合いぐらいにいてもおかしくない実在感があるんですよね。 

君塚:『踊る』を書いていた時は、ひたすら書いていたという記憶しかなかったんですけど、『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』が終わって以降、「青島や室井は今、何してるんだろう?」と考えることがあって。やっぱり友達なんですよ。僕も。連絡が来ない友達なんです。「あいつ、もうすぐ定年だけど、その後のこと決めてるのかな?」 と室井については考えていたので、僕も一緒かもしれない。 

ーーすごく「日本映画を観ているなぁ」と思いました。室井さんが雪の中に立ってるだけで、なんだか泣けてくるんですよね。 

君塚:今回は木下惠介監督作『二十四の瞳』を意識していて、東宝というよりはかつての松竹映画みたいですよね。一時期、“東竹”だって言ってたら「ふざけないでください」って言われたけど(笑)。面白かったのは、脚本の直しの打ち合わせでみんなで読んでる時にタカ(齋藤潤)と同級生の大川紗耶香(丹生明里)が2人で話してる場面で「これ、なんか足りないなぁ」と監督と僕も同時に言ったんですよ。今の感覚だと、高校生の男女がいる場合はどちらかが超能力者とか魔法を使えるといった特殊な設定を入れる映画が多くて、この2人はなんで普通に雪の話をしてるんだろうと。急に不安になって、森谷司郎監督作『放課後』みたいにやればいいんだからって本広監督には言ったんですけど。 

ーー『踊る』はテレビドラマの世界から映画の世界に入ってきて大暴れしたシリーズで、当時の感覚としては邦画のアンチテーゼとして登場したというイメージが強かったのですが、結果的に日本映画の伝統を引き継いだのだと感じました。 

君塚:僕自身が日本映画が好きで、中高生の頃に観ていた作品の記憶が色濃く出てしまっているんだと思います。今回も『二十四の瞳』『津軽じょんがら節』『放課後』といった日本映画のオマージュが入っています。つまり、日本の風景をバックに映画を撮るということですよね。それは東京であろうが青森であろうが、どこであろうが、そういう風景に馴染ませるには日本映画から持ってくるのがいいのかなと考えていました。

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