人間がダークサイドに墜ちる瞬間 極上サスペンス映画『対外秘』を特徴づける2つの要素

 ちなみに、この3作品にはゴルフの打ちっぱなしのシーンが登場する。『インファナル・アフェア』では、アンディ・ラウ演じるラウが、ビルの屋上から、地上に向けて打ちっぱなしをしているのを見て、「なんとあぶないことを……通りに人がいたら、怪我どころではすまないのでは?」と心配になったものだった。

 『新しき世界』では、ジャソンたちのライバルであり組織の後継者争いの筆頭であるジュング(パク・ソンウン)が、コンクリートむき出しで骨組みしかないビルの上階から、下界へ向かってゴルフの打ちっぱなしをするのである。これを見ている部下たちは、戸惑いながらも「ナイスショット!」と持ち上げている。彼らも「なんと危ないことを……」と内心、ツッコミを入れていたことだろう。

 そして『対外秘』でも、スンテは自分の家の庭から、外に向かって打ちっぱなしをしている。このシーンも、人通りがあるかもしれず、大変に危ないシーンだと思われるが、『インファナル・アフェア』や『新しき世界』(もうひとつ『HiGH&LOW THE MOVIE3 FINAL MISSION』という映画の中でも、警察官僚とヤクザがビルの屋上から地上に向けて打ちっぱなしをするシーンがある)を観ている我々は、もはやノワール映画においての打ちっぱなしは、人が死ぬのもおかまいなしの極悪非道なキャラクターの象徴的な行動にもなっているのである。

 もうひとつ、本作には、映画の宣伝にも使われている通りで、ドラム缶に入った人物の上からセメントが詰められるシーンもあり、このシーンも、『新しき世界』へのオマージュだと思わせる。(このセメントシーンも、『HiGH&LOW THE MOVIE3 FINAL MISSION』に存在する)。

 『対外秘』では、極悪人は打ちっぱなしをしたイ・ソンミンであり、この人を敵にまわしたら怖いという思いを強く焼き付けられたが、こうした、「茶封筒」「ゴルフの打ちっぱなし」映画では、主人公が最後にどのようなところにたどり着くかという意味でも共通点がある。

 主人公が陥れられ、復讐を誓って、巨悪に立ち向かう韓国映画はたくさんある。チョン・ウソンが主演の『ザ・キング』(2017年)にしてもイ・ビョンホンが主演の『インサイダーズ/内部者たち』(2015年)にしても、復讐を誓う本人が、ダークサイドに堕ちる場面はあっても、最後には正義の方向に戻ってきた。

 しかし、『インファナル・アフェア』や『新しき世界』の主人公たちが、最終的に見る世界は、彼自身の望んでいた景色とはまったく違うものになっている。つまりは、新しい世界とは、一度踏み込んだら逃れようのない悪の世界なのだ。こうした映画を恐ろしいと思う所以である。

 本作『対外秘』で主人公のへウンの目に映るものがなんだったのか。そして彼の表情が何を意味しているのかは、映画を観たあとずっと忘れられない。そこはかとない「恐怖」が、映画館を出たあとの現実の世界でもずっと続いているような気分になってしまうのだ。

■公開情報
『対外秘』
シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中
出演:チョ・ジヌン、イ・ソンミン、キム・ムヨル
監督:イ・ウォンテ
配給:キノフィルムズ
2023年/韓国/韓国語/116分/カラー/スコープ/英題:The Devil's Deal/5.1ch/字幕翻訳:鷹野文子/ G
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公式サイト:taigaihi.jp

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