『誰もいない森の奥で木は音もなく倒れる』は“マクチャンドラマ”として観るのが正解?

 8月からNetflixで配信が始まった『誰もいない森の奥で木は音もなく倒れる』。これまでの韓国ドラマにはない、この長くて意味深なタイトルに惹かれて見始めた視聴者も多いだろう。日本のNetflixでもたびたび「今日のTV番組」でTOP10入りしていたが、韓国をはじめ、台湾やシンガポールなどのアジア圏では今も人気が衰えず、長期間ランキングしている。

 2024年は、『サムシクおじさん』のソン・ガンホ、『旋風』のソル・ギョングなど、韓国映画界の名優のドラマ出演が話題になったが、本作は『モガディシュ 脱出までの14日間』などの代表作があるキム・ユンソクが17年ぶりにドラマ出演したことでも注目された。

 公開前に配信された予告編もことのほかクールで、「これは傑作韓国スリラーの誕生かも!?」と個人的にもかなり期待した本作。だが、観進めてみると、どこかすっきりしなかったのは、筆者だけだろうか?

 本作の演出を担当したのは、新たなスタイルのドロ沼ドラマ『夫婦の世界』をヒットさせたモ・ワンイル監督。キム・ユンソクは、かつて監督が演出助手を務めたドラマ『復活』に出演した縁で、本作へのオファーを承諾したという。

 物語は、2001年と2021年という2つの時代を交錯しながら展開していく。それぞれの時代で、主人公たちが所有する宿泊施設に災いが起きる。客室で人が殺害されるのだ。キム・ユンソクは、2021年の物語の主人公である。舞台となる緑生い茂る森の中に静かに佇む瀟洒な貸別荘が印象的だ。何か起こりそうな雰囲気満々である。

 いずれの時代の物語も、ひとつの殺人が登場人物たちを壮絶な悲劇に巻き込んでいくのだが、このドラマがユニークなのは、主人公本人が殺人犯のわけでも、主人公の身近な人が殺害されるわけでもない点だ。ただ主人公たちが所有する宿泊施設で人が殺害されるだけなのである。もちろんショッキングなことではあるが、ドラマの主軸にするにはインパクトが弱い気がする。

 ところが本作は、それを稀に見る悲惨な出来事として昇華させていく。特に2001年の物語は、じわじわと胸に迫る。ホテルのオーナーである主人公ク・サンジュンを演じるのは、『誘拐の日』のユン・ゲサン。サンジュンは、ようやく手に入れたホテルを夫婦2人で切り盛りし、息子1人を育てながら家族3人で仲睦まじく暮らしている。だが、ある晩、サンジュンの仏心で宿泊させた男が、客室で殺人事件を起こす。

 そこから仲が良かった家族の心が変容し、思いのこもった空間が汚されるということがどれほどのことなのかが、つぶさに描写されていく。“殺人モーテル”と呼ばれ、もう誰も泊まらないホテル。しかも、殺人事件が起こったホテルだから買い手もつかない。次第に家族は疲弊し、それぞれの人生が崩れていく。

 脚本は、新人作家のソン・ホヨン。本作は、JTBC新人作家脚本公募展で優秀賞を受賞した作品だ。こうしたこれまでないシチュエーションに目を向けた内容が、評価されたのかもしれない。

 そして、そんな2001年の出来事を受けるように、2021年の物語も進んでいく。キム・ユンソク演じる主人公チョン・ヨンハは、亡き妻と最後の時間を過ごした別荘を貸し出している。ある日、そこに謎の女ユ・ソンア(コ・ミンシ)が、幼い息子を連れてやってくる。彼女が去ったあと、部屋の異変を感じるヨンハ。そこから彼は、ソンアの凶行に巻き込まれていくことになる。

 こう見ていくと、とても面白い上質なスリラーのような気がする。スリリングで重層的なストーリー、これまでの韓国ドラマにない美しい森の奥という設定、そして韓国の旬の俳優たち。

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