『映画 聲の形』静謐な物語と寄り添う音楽 『きみの色』に繋がる山田尚子の“色”の始まり

『映画 聲の形』静謐な物語と寄り添う音楽

 こうなると、『映画 聲の形』がとてつもなく重たくて複雑な作品のように思われてしまいそうだが、そこはアニメという表現形式もあって、全体的にポップでときおりコミカルな雰囲気の中でストーリーが進んで拒絶感を抱かせない。手話教室を訪ねて硝子に会おうとした将也を妨害する結弦というキャラクターの振る舞いと正体は、驚きと同時に結弦への強い関心を抱かせる。将也の姉の娘でまだ幼いマリアの笑顔にも癒やされる。

 将也と仲良くなっていく永束友宏という同級生の、小太りで頭の大きなフォルムと思い込みの激しい言動も、ダウナーな雰囲気に向かいがちなストーリーに起伏をあたえる。イケメンを演じることが多い小野賢章のコミカルで熱血なところもある演技も聞きどころだ。将也のほうも、やはりイケメン役が多い入野自由が抑え気味の淡々とした声で、虚ろさを引きずった少年を好演している。

 そして早見沙織。耳が聞こえないためうまく発声できない硝子の言葉をしっかりと演じてみせた。特徴的な話し方をただなぞるのではなく、うまく話せない人が心に抱えたもどかしさも含んだ感情を、言葉にならない声に乗せていた。京都アニメーションの高い作画力によって動かされた、西屋太志がデザインし、作画監督も務めたキャラの豊かな表情や仕草と合わさって、西宮硝子という少女が実在しているのではと思えてくる。聞きどころであり見どころだ。

 『映画 聲の形』から始まる作曲家・牛尾憲輔との出会いも、いじめやハンディキャップといった難しい問題を、淡々として静謐な雰囲気の中でじわじわと感じさせることができた一因だろう。感情がこもった声高なセリフをメロディーやリズムで増幅させるというよりは、訥々とした言葉に潜んだ心の揺れを、ノイズ混じりの音で聞く人に感じさせるところがあるからだ。

 引っ張ると言うより後押しする音楽。それは、山田監督と牛尾が次に組んだ『リズと青い鳥』(2018年)でも使われていて、楽器以外のビーカーのようなものから音を取り出し、重ねるようなことをして、学校という舞台にマッチした音像を作り上げた。

 山田監督とはいつも、作品のコンセプトをじっくりと話し合い、それぞれがシーンを作り音楽を作っていくという牛尾。TVシリーズ『平家物語』(2022年)のような時代ものでも、常識にとらわれず和風のものもあればロックもありミニマルなものもあってと、それぞれのシーンを彩る音楽を出してきた。最新作となる『きみの色』の場合も、キリスト教系の女子校を舞台に、少女たちが出会い少年も加わって音楽を作り上げようとするストーリーに、奥行きや立体感をもたらす音を添えてくれているはずだ。

 『きみの色』は、山田監督が初めて手がけるオリジナルの長編作品という点でも注目されている。脚本は吉田玲子だが、以前に組んだ『映画 聲の形』のように社会の課題に迫る作品とも、『リズと青い鳥』のように2人の少女の心理を探るような作品ともすこし違って、青春のただ中にある少女や少年の心情をさくっとすくい取っている感じがある。それを、細い線と柔らかい色による絵で描き動かして作品の世界へと観る人を誘い込む。

 最初に吉田と組んだ『映画 けいおん!』(2011年)でも高校生バンドの世界が描かれていたが、今度はそれぞれに違う事情を抱えた2人の少女と1人の少年の出会いから、関わりを深めていく中での発見であり喜びであり決心といったものを描き出している感じがある。誰もが抱えている将来への悩みや現在への思いを、そうした登場人物の誰かに重ねて観ることができそうだ。

■放送情報
『映画 聲の形』
日本テレビ系にて、8月16日(金)21:00~23:19放送 ※放送枠25分拡大
声の出演:入野自由、早見沙織、悠木碧、小野賢章、金子有希、石川由依、潘めぐみ、豊永利行、松岡茉優
原作:大今良時『聲の形』(講談社コミックス刊)
監督:山田尚子
脚本:吉田玲子
キャラクターデザイン:西屋太志
美術監督:篠原睦雄
色彩設計:石田奈央美
設定:秋竹斉一
撮影監督:髙尾一也
音響監督:鶴岡陽太
音楽:牛尾憲輔
主題歌:aiko「恋をしたのは」(ポニーキャニオン)
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

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