『新宿野戦病院』を笑いだけにしない宮藤官九郎の構成力 “そういう子”なんていない

 「親が援交世代で子供がパパ活世代」の女性たちの妊娠、出産、子育てーーカヨは、マユを生んだあと、新たなパートナーと同棲するが、その男性はマユに性行為を強要していた。カヨは、パートナーに不適切な行為を働いている娘を心配するよりも、同性としての嫉妬のようなものが勝って「むかついたー」などとのたまう。

 カヨも、自分のしていることが正しいとは思っていない。「わかってるんです、そういうのは」と言う。わかっているが、世の中には正論が通用しない状況に生きている人たちだっているということなのである。知識がないから頼れる可能性がみつからない。お金もないから可能性が限られる。ないものづくしのどん詰まりによって思いもかけない生き方が生じる、それが世界の現実である。

 岡本は「“私みたいな女”やめない? 謙遜、自虐? どっちみち面倒くさいわ」と言い放ち、舞(橋本愛)は「家出してオーバードーズして万引きしちゃう。そういう子はかわいそう」とついひとまとめにしてマユに落胆されてしまった経験(第3話)から、「そういう子たち」というふうに「大人が囚われていてはいけない」と反省している。マユはそれを自ら断ち切ろうとしたのではないかと舞は言う。

 舞自身がともすれば、マユたちとはまた違った「そういう子」にカテゴライズされる可能性をもっている。たぶん、岡本が一種の「そういう子」と思って彼女を見ているだろう。

 NPO法人「Not Alone」新宿エリア代表として、歌舞伎町に集まってきた老若男女に手を差し伸べる活動を行うかたわら、Mayという名でSMの女王様を舞はやっている。この2面性は『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)のヒカル(加藤あい、奇しくもAIつながり)のような設定かと思ったら、まるで違うようで、舞はひじょうにシニカルに自分の状況を俯瞰していて、風俗でお金を稼いで、弱い立場の人々に寄り添っている。だが、他者からは、SM嬢で大金を稼いでいる、倫理観が少しズレている子とも見られかねない。現に岡本は、文化に詳しくないだろうとはなからバカにしていた。だが、舞は岡本よりも映画の蘊蓄に詳しかった。

 「そういう子」なんていない。みんなそれぞれ個性がある。舞はなぜ、享に自分の裏の仕事を知られてはいないか気にしながら、岡本を株主優待のチケットで映画に誘い、すっぽかされたら公園の遊具をムチでしばいて苛立ちを発散させていたのだろう。

 第3話で岡本は、昔の歌舞伎町はヤクザによる無法地帯ながら、それがゆえの秩序があり、子供は近づけなかった。しかし、いまや、ヤクザが取り締まられ、行き場のない子供たちであふれていると問題視した。舞はヤクザによる強制的な秩序は不要だと岡本の意見と対立する。世代間の相違。だが舞もまたマユとは世代の違いがある。

 『ゆとりですがなにか』や『不適切にもほどがある!』(TBS系)と近年、世代格差と社会問題をコメディ仕立てにして描いてきた宮藤官九郎が歌舞伎町を舞台に挑んでいるのは、女性問題のみならず、マイノリティの問題だろうか。渦中の問題からどうしたってこぼれてはみ出してしまうものがある。追いやられて居場所を失っていく人たちにも思い出や歴史や好きなものがある。それが尊厳である。カヨの処置にあたり、亨がトー横キッズの仲間たちに、彼女の情報を聞くと、ハイチュウ青りんごが好き、御赤飯が嫌いで、推しがメンヘラなどどうでもいいことが返ってくる。だがそれらは、トー横キッズたちにとってはどうでもいいことでは決してない。

 この物語は宮藤のドラマのなかではこれまでになく笑い少なめ、ヒューマン多めのヒューマンコメディになっている。もともと構成力の高い宮藤なので、医療もののフォーマットを的確に把握しながら、テーマ性を重視し、そこに得意のユーモアをほどよくまぶしていくことも難しいことではないのだろう。この前に、山本周五郎の『季節のない街』を通ったことで、コメディ作家を超えた新たな域に向かっているのかもしれない。その一方で、宮藤らしい発想の転換のセンスは相変わらず軽やかな手つきである。マユが「かわいそうな子」という偏見を断ち切ろうとしたのではないかと、舞が語ると場面が切り替わり、マユが割り箸を割るところから「麺ぐり返し」と麺と具をきれいにひっくり返す流れはマユの再生を想起させる。さらに割り箸はマユが性行為を強要された男を刺して逃げる武器に、いつも食べているカップ焼きそば用の熱湯はアサシンからユウコを救う武器にもなった。ひとつひとつの要素が的確に機能していて見惚れてしまう。宮藤官九郎はどんな素材も決してもとりこぼさない。

■放送情報
『新宿野戦病院』
フジテレビ系にて、毎週水曜22:00~22:54放送
出演:小池栄子、仲野太賀、橋本愛、平岩紙、岡部たかし、馬場徹(ドランクドラゴン)、塚地武雅、中井千聖、濱田岳、石川萌香、萩原護、余貴美子、高畑淳子、生瀬勝久、柄本明ほか
脚本:宮藤官九郎
プロデュース:野田悠介
演出:河毛俊作、澤田鎌作、清矢明子
制作:フジテレビ ドラマ・映画制作部
制作著作:フジテレビジョン
©︎フジテレビ
公式サイト:https://www.fujitv.co.jp/shinjuku-yasen/
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