『虎に翼』で浮かび上がる朝ドラが描いてきた女性たちの言葉 分岐点となる前半戦を総括

 改めて振り返れば、朝ドラ『虎に翼』(NHK総合)は、深い悲しみから始まったのだった。第1話冒頭において、伊藤沙莉演じるヒロイン・寅子が涙を流しながら読むのは、日本国憲法について書かれた新聞で、よく見るとそれは一部が茶色く汚れている。同じ場面に物語が辿りついた第44話・第45話を経た今、それは寅子の心を慮る母・はる(石田ゆり子)と焼き鳥屋の店主(金民樹)の優しさを経由する形で彼女の手元にあった、優三(仲野大賀)の死と向き合うために買った焼き鳥の串を包んだ新聞であることがわかる。次の場面で示されるのは父の「でかした」の字が踊る「初の女性弁護士誕生」を報じる新聞だ。

 つまりは物語が追いついた第45話時点では既に亡くなっている父・直言(岡部たかし)のスクラップブックが、第1話で、これから始まる物語の主人公の功績を示唆する役割を果たしていた。夫と父の死と「ゆっくり立ち止まって向き合い」やがて立ち上がる姿が、本作のはじまりだったのだ。ある意味それは、悲しみを越えて、生者と死者に支えられて彼女が再び立ち上がることを描いているようにも思う。そして同時に想像する。現在「轟法律事務所」の壁によね(土居志央梨)が書いた日本国憲法の字に込められた物語を。彼女もまた、「焼け死んだ」という「カフェー燈台」のマスター・増野(平山祐介)はじめ、多くの悲しみを負ったのだろうということを。

 岡田将生演じる星航一の登場もあり、また新たな章の幕開けとなりそうな第14週を前に、茨田りつ子(菊地凛子)の登場で同時代を描いた前作『ブギウギ』がクロスオーバーした先週放送の第13週は、茨田りつ子のみならず、『ブギウギ』のヒロイン・福来スズ子(趣里)はじめ、同じ時代を生きた多くの女性たちの物語を重ね、想像せずにはいられない週でもあった。

 例えば梅子(平岩紙)を中心とした大庭家の騒動は、梅子の「私は全て放棄します。相続分の遺産も、大庭家の嫁も、あなたたちの母としての務めも全部捨てて、私はここから出ていきます」「お互い誰かのせいにしないで、自分の人生を生きていきましょう。ごきげんよう」という台詞で締めくくられた。その言葉を聞いていると、キャラクターはまるで違うが、イプセン『人形の家』の主人公ノラの姿が重なったのである。弁護士から銀行頭取になる夫の妻であるノラが、ある事件をきっかけに「人形ではなくひとりの人間として生きる」ことを決意し、夫と3人の子供を置いて家を出ていく話だ。

 そしてそのノラの台詞を視聴者は朝ドラを通して何度も聞いているのである。浪花千栄子をモデルとした『おちょやん』(八津弘幸脚本)のヒロイン・千代(杉咲花)が芝居に興味を持つきっかけになった戯曲の一節として。彼女はそれこそ1945年8月15日を描いた『おちょやん』第89話においても、自身の原点としてそれらの台詞を口にする。「私には神聖な義務がほかにあります」「私自身に対する義務ですよ」「何より第一に、おまえは妻であり、母である」「何よりも第一に、私は人間です。ちょうどあなたと同じ人間です。少なくともこれからそうなろうとしているところです」と。

『おちょやん』が描いたすべての人を肯定する優しさ 何度も噛み締めたい千代の言葉

『おちょやん』(NHK総合)が終わってしまった。コロナ禍であろうとなかろうと生きるのはしんどいし、誰にでも思いがけない試練が降り…

 それはどこか、「困っている方を救い続けます。男女関係なく」と宣言した『虎に翼』の第30話、穂高(小林薫)に「好きでここにいるんです」と返し、「好きで戻ってきた以上、私が私でいるためにやれるだけ努力してみるか」と思う第50話の寅子にも通じるところがあるような気がする。

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