マレフィセントからマグニフィコ王まで “複雑化”するディズニーヴィランズの変遷
バックグラウンドを持ち、人間性を与えられたヴィラン
しかし2010年代に入って、もう少し複雑なヴィランが登場しはじめる。当初は普通の人に見えて、実はヴィランだったというケースだ。この時代からディズニーアニメはストーリーも複雑になり、多くのプリンセスもので打ち出してきた「真実の愛」とは違うテーマを掲げるようになったことも、ヴィランの多様化につながったのだろう。
一見普通のキャラクターだったヴィランの代表格として多くの人の頭に浮かぶのは、『アナと雪の女王』(2013年)のハンス王子ではないだろうか。エルサの戴冠式に訪れたハンス王子は、アナと意気投合し、その場で婚約を交わす。しかしその後、彼がアレンデールの王座を狙っていたことが判明する。ハンス王子はある国の第13王子で、王位継承は絶望的だった。そこでアレンデールの王になろうとアナに近づいたのだ。彼の正体が明らかになったときには、アナだけでなく観客もショックを受けたのではないだろうか。彼の動機は身勝手ではあるが、理解はできる。
2014年の『ベイマックス』のヴィランであるキャラハン教授は、「哀しきヴィラン」といえる背景を背負ったキャラクターだ。彼は実業家のクレイが不具合の見られる転送装置の実験を強行したことで、実験に参加した娘を失い、クレイを憎んでいた。これはもうヴィランになっても無理はない。
『ズートピア』(2016年)では、一連の肉食動物失踪事件の真犯人がヒツジのベルウェザー副市長だったというサプライズがあった。彼女は主人公のジュディを応援するなど、好人物の印象があったので、これも意外な展開だったと言えるだろう。彼女の動機はズートピアでは肉食動物ばかりが優遇され、草食動物はあまり良い待遇を受けていないことに対する不満だった。犯罪という強硬手段に出なければ、彼女の主張はある程度受け入れられたはずだ。
その後、2010年代後半から2020年代頭にかけて、『アナと雪の女王2』(2019年)や『ラーヤと龍の王国』、『ミラベルと魔法だらけの家』(ともに2021年)とヴィラン不在の作品がつづいた。そして満を持して登場したのが『ウィッシュ』の“史上最恐”のヴィラン、マグニフィコ王だ。2010年代以降、ヴィランの存在は物語のなかで明かされるようになっていたが、彼は公開前からヴィランとして紹介されていたことも、ほかのヴィランとは大きく違うところだ。マグニフィコ王もまた物語開始時には立派な王として民の尊敬を集めていたが、主人公アーシャによってその本性が暴かれる。
さらに彼はより大きな力を求め、作中で邪悪さを増していくという点も特徴的だ。どうやら彼は幼いころに両親を亡くすなど、悲劇的な人生を歩んできたようで、2010年代以降主流になってきた、複雑な背景を持つヴィランといえるだろう。しかし同時に、作中でさらに大きな力を求めて暴走し、初期のディズニーヴィランのような得体のしれない邪悪さを増していくというハイブリットなヴィランでもある。この点も、マグニフィコ王が人気を集めた理由の1つではないだろうか。
実写化で肉付けされたヴィラン
一方、昨今の実写化の波で深堀りされ、キャラクターに肉付けされたヴィランもいる。2015年の実写版『シンデレラ』に登場したシンデレラの継母、トレメイン夫人(ケイト・ブランシェット)もその1人だ。アニメ版では彼女がシンデレラにつらく当たる理由は「シンデレラの美貌に嫉妬したから」と語られている。しかし実写版では、その「嫉妬」はもっと根深いものとして描かれた。彼女はシンデレラことエラ(リリー・ジェームズ)の父(ベン・チャップリン)を愛していたが、彼の愛情が妻である自分ではなく、実の娘にのみ向けられていることに嫉妬していたのだ。それは彼がこの世を去っても忘れられることはなく、彼女はエラを苦しめつづけた。
アニメ『リトル・マーメイド』(1988年)のアースラは、魔女として海底の住人たちに恐れられていながら、もし本人の主張が本当ならば、彼女の力を頼る者も少なくないようだ。アースラはアリエルの声と引き換えに彼女を人間にし、3日以内に王子との恋が成就すれば、そのまま人間でいられるという魔法をかけた。しかし彼女の本当の狙いはアリエルではなく、彼女の父トリトン王だった。アニメ版では、彼女がかつて宮殿に仕えていたような言及があったが、詳細は明らかにされなかった。
しかし舞台版では、実はアースラはトリトンの姉で、他の姉妹を手にかけ自ら王座につこうとしていたと明かされている。アースラは幼い弟のトリトンのことは気にもしていなかったが、トリトンが王座につくと、これまでの悪事を暴露され宮殿を追放されたのだ。これを恨んだ彼女は、トリトンへの復讐、そして自らが王座につく機会を狙っていた。アースラとトリトンの関係については、日本語訳ではトリトンが兄になっているが、2023年の実写映画版でも軽く言及されている。
得体の知れない邪悪な存在から、人間味のあるバックグラウンドを持つようになったディズニー・ヴィランズ。どちらの特徴を持つヴィランも物語を盛り上げ、大きな存在感を放つ魅力がある。そんな彼らに、ときに我々観客は、主人公に対する以上に惹かれるのではないだろうか。