『虎に翼』妊娠と出産に“怒る”朝ドラヒロインは初? 寅子の境遇に見るリアルな女性描写

 法律事務所では、あえて妊娠について報告していなかっただろう寅子だが、そんな彼女の葛藤や苦悩はなきものにされ、穂高が雲野(塚地武雅)らに先に伝えてしまっていたのもそうだ。妊娠について当然のことのように喜ばしい側面のみにフォーカスし、“めでたいことなんだから周囲に話したっていいでしょう”と言わんばかりに。極めてパーソナルでセンシティブな話題をたちまち“皆の知るところ”にしてしまう。いまだにそんな人がいるのだから当時は尚のこと仕方のないことと言えるかもしれないが、完全に距離感にバグありだ。

 個人差はあれど身体的な制限が出る妊娠が、寅子を本人が望むと望まざるとにかかわらず、自分一人で抱え込みながら第一線で戦い続ける地獄の道から降ろした。

 優三(仲野太賀)と娘との驚くほど穏やかな日々は、寅子に半径数メートルの幸せをしっかりと実感させ、守らせ噛み締めさせる一方、社会の端っこで困り果てている弱者について“自分ごと”として向き合おうとするかつての寅子の勢いを一気に遠ざける。競争の土俵にも上れなかった同じ女性の無念の分だけ自分が頑張るという彼女の使命感はすっかり鳴りを潜める。能力のある女性たちが翼を奪われ、いつの間にか自らそこから飛び立つ力さえも失くしていく、“無効化される”過程を本作はありありと描く。自らそこから飛び立とうとしないということが決して現状に甘んじて安住しているわけではないという女性の描写がリアルだ。

 さて、戦争に揺れる日本で、困窮する人が多数溢れるこの状況下。男手が戦場へ送り込まれる中、寅子は本当に引き続き子育てに専念していられるのか。周囲から勝手に社会から家庭へと押し込まれた寅子。その彼女を、今度は社会側が、理不尽にも思えるかもしれないが、必要とし担ぎ出される時がまた近づいているような気がする。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『虎に翼』
総合:毎週月曜〜金曜8:00〜8:15、(再放送)毎週月曜〜金曜12:45〜13:00
BSプレミアム:毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、(再放送)毎週土曜8:15〜9:30
BS4K:毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、(再放送)毎週土曜10:15~11:30
出演:伊藤沙莉、石田ゆり子、岡部たかし、仲野太賀、森田望智、上川周作、土居志央梨、桜井ユキ、平岩紙、ハ・ヨンス、岩田剛典、戸塚純貴、松山ケンイチ、小林薫
作:吉田恵里香
語り:尾野真千子
音楽:森優太
主題歌:米津玄師「さよーならまたいつか!」
法律考証:村上一博
制作統括:尾崎裕和
プロデューサー:石澤かおる
取材:清永聡
演出:梛川善郎、安藤大佑、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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