フィルム上映がなぜ特別なものに? “コンテンツ文化”への変化がもたらした映画館の在り方

 上映するうえでもやはりコスト面は大きな課題であった。映画館でフィルムを上映するとなれば、まず300館なら300館分のプリントが必要になる。デジタルであれば一つの劇場にHDDを送ってその劇場のメインサーバにインジェストが終われば、別の劇場にHDDを転送して……ということもできる。それにプリントは何巻かに分かれた状態で届けられるので、それを映写機にかけるために大きなリールへと巻き直す作業が必要となる。もちろん上映終了後にはまた小さなリールに巻き直して返送するので、繰り返すうちにフィルムはどうしたって劣化していくわけで、コマの欠落も珍しいことではなかった。

 しかも1990年代後半に主流になったシネコンにおいては、複数のシアターで複数の映画が一斉にかかっている状態が通常。そもそもプリントがひとつしかなければ、同じ時間に同じ作品を複数のシアターでかけることはできないし(デジタルでは全シアター同時に流すことだってできる)、映写室に映写スタッフが常駐することが当たり前だったので、その分労力と人件費がかかる。対してデジタルならば、メインサーバーにインジェストされたデータが各シアターサーバーに送られ、登録されたSPLやスケジュールが正常に作動していることさえ確認できれば映写スタッフの必要性がなくなる。たまたま筆者の働いていた系列ではいかなる時間帯にも映写スタッフが常駐する方針があったが、他の系列では当時からすでに映写の人員は大幅に削減されていたという。

 このようなコスト削減によって、劇場の運営が円滑に賄えているのであれば、一概にその流れ自体を否定することはできない。とはいえ、先ほどフィルム文化が消滅の危機に瀕しているといったが、もしかすると映写機がダメになるよりも前にフィルムを扱える人の方が先にいなくなってしまう可能性も捨てきれない。もっといえば、デジタルの映写機でさえキセノンランプの交換やらフォーカスの調整やらメンテナンスが必要であり、専門の業者でしか扱えなくなったらいずれ立ち行かなくなることは目に見えている。映画館の心臓部は、どこかのタイミングで簡単に止まってしまいかねない。

 この手の話は書いていけばキリがないのでこの辺にしておくが、つまるところ“映画文化”というものが、単にスクリーン上に映しだされたものだけが重視される“コンテンツ文化”のひとつになった結果といえるかもしれない。最近は音楽の界隈でアナログなレコード盤が再ブームという話をよく聞くが、映画の界隈でそのような話題は一切ない。むしろ渋谷のTSUTAYAがクローズしてVHSへのアプローチが難しくなるなど、アナログに立ち返ることはせずに頑なに前しか向いていないのである。

 映画がアナログに立ち返らない一因もまた、“コンテンツ文化”というやつだろう。映像の解像度が格段に上がり、いつしか映画は“観る”ものではなく“体験する”ものといわれるようになっている。映画の世界に没入して体験・体感するのであれば、褪色していたり余計なノイズが嫌われてしまうのは仕方ないことだ。とはいえ映画体験とは、スクリーンに投影された光に入り込んだ気になることではなく、劇場環境や上映素材の経年劣化も含めてその光を浴びることであったはずだ。もちろん劣化しないデジタル上映は技術として素晴らしいものがある。それと同じように、50年前の映画フィルムがたどってきた歴史と年輪を味わうこともまた、映画という記録媒体における変え難い記録なのである。

 実はこのコラム「フィルム上映でしか味わえない醍醐味を語ってほしい」というテーマで書き始めたのだが、その醍醐味は誰かに言われて知るものではなく、実際にフィルム上映を観て主観的に感じ取る以外に術がないことである。映画を観る“目”は人それぞれまるっきり違う。デジタルの方がいいと思うのも正しいし、フィルムのほうがいいと思うのも正しい。現在はまだ、都内でも先述の109シネマズプレミアム新宿をはじめ、いくつかの映画館でフィルム上映が続けられている。主に旧作が中心ではあるが、むしろ配信で観られる作品を観比べてみれば何か見出せるのではないだろうか。

 確かに言えることがあるとすれば、上映方式も劇場の形態も然りだが、アナログなものであっても選択肢は多いほうが良い。前に向いて進んでいくなかで置いてけぼりにされる過去も全部を含めてはじめて映画史であり、映画文化なのだから。そして少し年季の入ったフィルムでの上映を観れば、そこにある2時間の映画だけじゃなくその映画が作られてからの何十年かが見えてくる。映画が生き物であると、強く実感できるはずだ。

■公開情報
『オッペンハイマー』
全国公開中
監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
製作:エマ・トーマス、チャールズ・ローヴェン
出演:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナー
原作:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン『オッペンハイマー』(ハヤカワ文庫)
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
2023年/アメリカ/R15
©Universal Pictures. All Rights Reserved.
公式サイト:oppenheimermovie.jp

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