『オッペンハイマー』は科学者版『アウトレイジ』だ 込められたノーランの反戦への想い

『オッペンハイマー』にノーランが込めた想い

 さらに原爆投下成功の祝賀会では、オッペンハイマーは悪夢のような幻覚を見る。会に集まって熱狂する人々は狂気じみていて、ほとんどホラー映画の暴徒のようだ。そしてオッペンハイマーは、自分がプロメテウスだと自覚していくのである。「原爆の父」なる異名は、物語が進むにつれて虚しさばかりが募っていく。トルーマン大統領とのやり取りも強烈だが、個人的に最も印象的だったのは、原爆の使用法について軍の人間に説明するくだりである。熱心に原爆について説明するオッペンハイマーが、軍人たちに「あとはこっちでやるので、もう結構です」とあしらわれてしまう。このシーンは短いが強烈だ。

 そして、終幕である。時系列はシャッフルされているが、物語のメッセージ性は、最後に結実する。

 オッペンハイマーは原爆を作った。彼は、人類に自らを焼き尽くす力を与えてしまったのだ。しかし核開発の激化は止められなかった。さらに「赦し」や「同情」すら入り込む余地がない、『アウトレイジ』的な暗闘によって、遂に名声も地位も、友情も信頼も、連鎖反応を起こして崩れ去ってしまう。

 世界は変わり、二度と元の形に戻らない。世界を変えた発明は、それを成した人間の苦悩や後悔などを無視して、誰かに雑に使われる。悲しみ、怒り、破滅への可能性は永遠にそこにある。そんな世界に観客、つまり私たちは生きているのだと突きつけて、この映画は幕を閉じる。残るのは強烈な無力感と不安、やるせなさだ。しかし同時に「では、どうこの世界で生きていくべきなのか?」という疑問も生まれる。その答えは人それぞれだろうが、恐らく多くの人にとっては一つだろう。人間が人間を滅ぼすようなことはあってはならない、と。

 クリストファー・ノーランの高い技術と、彼なりの人間へのまなざし、そして真摯な反戦への想いが本作には込められている。本作は、今や巨匠となった彼の現時点での集大成と言ってもいい力作だ。

■公開情報
『オッペンハイマー』
全国公開中
監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
製作:エマ・トーマス、チャールズ・ローヴェン
出演:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナー
原作:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン『オッペンハイマー』(ハヤカワ文庫)
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
2023年/アメリカ/R15
©Universal Pictures. All Rights Reserved.
公式サイト:oppenheimermovie.jp

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