『無人島のディーバ』誰かを愛した記憶が救いになる アラサーで社会復帰した女性の成長譚

 もしもあなたが無人島で過ごすとしたら。誰でもしたことがあるようなWhat-If(もしも話)ではないだろうか。私なら何を持って行くか? どうやって過ごすか? こんな他愛もない話題をシリアスに考えてみたのは、今秋注目を集めているNetflixで配信中の『無人島のディーバ』を観たからだ。

 全羅道の離島に住むモクハ(イ・レ)は平凡な16歳の高校生。同じチュンサム島出身で憧れのディーバ、ランジュ(キム・ヒョジン)のようにいつか最高の歌手になることを夢見ている。ある日、ランジュの事務所が主催する芸能オーディションの話を知り、犬猿の仲のクラスメイト、ギホを巻き込み何とか合格しようと奮闘する。一方、モクハは日頃から父の激しい暴力に耐えていた。オーディション準備を通じ絆が生まれていたモクハとギホは、オーディションのために船で家出を決行するが、察知したモクハの父にはばまれてしまう。そして、船上で起きた不運な事故。モクハはたった一人、命からがら無人島に流れ着く。

 このドラマは、こうして無人島で15年の歳月を送ったモクハ(パク・ウンビン)が、ひょんなことからボゴル(チェ・ジョンヒョプ)とウハク(チャ・ハギョン)兄弟の率いるTVクルーのドローンに発見され、31歳にして社会復帰。忘れかけていた歌手への夢をもう一度追いかけていく。物語の端緒はややアクロバティックでもあるが、韓国ドラマによく見られる奇抜さとして受け止められるし、一人の女性の遅まきの成長物語として確かによく作られている。一見、ハートウォーミングでウェルメイドのスタイルをしているが、実は鋭い示唆に富むドラマでもあるのだ。

 ジュール・ヴェルヌの児童小説『十五少年漂流』や、ロバート・ゼメキス監督の『キャスト・アウェイ』を例に引くまでもなく、予想外のハプニングで海を漂流し、無人島に流れ着く主人公のストーリーは、映画や小説の世界で長く愛されている。『キャスト・アウェイ』の主人公、トム・ハンクス扮するチャックが、アワビを採取したり海に浮かぶゴミを使い家屋を組み立てたりと、島の生活に適応していくように、モクハもまた、自生するジャガイモを主食に流れ着いた粗大ゴミを活用しながら生活している。チャックは救命ボートの残骸に人の顔を描き、“ウィルソン”と名付けて話しかけているが、モクハの場合は市場のアジメ(初老の女性)になりきり、一人二役を演じることで孤独を癒していた。

 しかし、公式サイトの企画意図に「このドラマは無人島で耐える生存ドラマではない。無人島に耐えた少女が15年ぶりに大人になって世に戻ってくる話だ」とあるように(※1)、本作の主眼はこうしたサバイバルライフにはない。無人島を決死の覚悟で脱出するエンターテインメントドラマでもない。ドラマでは頻繁に、モクハのモノローグが差し込まれる。無人島生活における自分自身との対話と思索で醸成されたモクハの言葉は深くて、哲学者のようだ。

 たとえば、第3話にあるクーラーボックスとドローンの逸話がそうだ。孤独に苛まれたモクハは自殺を決意し、崖から身投げをする。しかし、沈んでいく彼女の頭上にクーラーボックスが偶然浮かんでいるのが見えた途端、彼女は必死に海面へ上がっていく。クーラーボックスが流れてきたのはたしかに思いがけない出来事だが、それを掴んだのは彼女の意志だ。こうして、自ら極端な選択で終えようとした人生から少しだけ歩みを進めた結果、ボゴルとウハクのドローンに出くわすのだ。

 一方、無人島生活は、モクハに人間が持つ悲しい本質も痛感させた。第7話で語られた、カモメの“モメ”の卵のエピソードだ。憧れのトップスターだったランジュは、アルバムの売上不振と投資の失敗で損失を重ねてしまった。人気にあぐらをかいた不遜さも業界で疎まれ、モクハが漂流していた15年ですっかり身を落としていた。追い打ちをかけるように、声帯結節(左右対称に声帯にこぶのようなものができる状態)を患い、恐怖からステージに立てなくなってしまったのだった。地方のイベント会場でどさ回りのようなパフォーマンスをするのみになり、悲観的で捨て鉢に生きるランジュ。30歳を過ぎて歌手を目指そうとするモクハは、“ファン1号”として力いっぱい鼓舞していく。

 そんな中、ランジュのゴーストシンガーであったことがバレたモクハは、その歌唱力から世間の注目を一気に浴びるようになる。挫折を知るランジュはモクハを脅威に感じるが、無人島でいた唯一の友人、カモメのモメが生んだ卵を決して食べなかったという思い出を引き合いにし、「私は絶対ランジュさんを裏切りません!」と勇気づける。

 しかし実は、飢えに負けたモクハはモメの卵を食べてしまったのだった。ランジュを安心させるために嘘を吐いたモクハだが、いつかは自分自身の叶えたい夢への欲に負けてしまうのかもしれない。葛藤に引き裂かれるモクハの涙がせつない。

 前述したように、主人公がハプニングによって漂流し、流れ着いた無人島で生き抜く話というのは、特段珍しいわけではない。そのうえで、女性が漂流するという筋立ては、本作が初めての試みだ。

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