九尾狐、転生、死神など韓国ドラマで定番のモチーフ “人ならざる者”が好まれる理由
セレブたちの生活の豪華さと虚像を浮き彫りにしたり、受験戦争をモチーフに競争社会の熾烈さにコミットしたり、あるいは人知を超えた能力者の苦悩と活躍をコメディを交えて映し出す。今、韓国ドラマで取り扱われる題材は多種多様だ。それでもなお、色褪せることなく愛され続けるモチーフがある。古く言い伝えられてきた妖怪「九尾狐(クミホ)」、死後に新たな人生に生まれ変わることから物語がスタートする「転生」、生者の死期に現れて彼岸へ連れて行く「死神」といったテーマである。
韓国で一番愛されている妖怪、九尾狐とは?
九尾狐とは、古代より東アジアに伝わる妖怪であり、特殊な能力を持つ神獣としても知られている。国によって諸説あるが、共通するのは9本の尾を持つことと、美しい女性に変身して男性をたぶらかし肝臓を食べてしまうという特徴だ。九尾狐と韓国エンタメのつながりは古く、韓国古典映画の巨匠シン・サンオク監督によるホラー時代劇『千年狐』(1969年)が“九尾狐モノ”の元祖と言われている。
九尾狐が日本でも人気を博すきっかけになったのは、2010年のドラマ『僕の彼女は九尾狐<クミホ>』(2010年)ではないだろうか。シン・ミナ扮する九尾狐のミホと、イ・スンギ演じる大学生テウンによるラブコメディで、ミホのキュートなふるまいや、伝説を信じているテウンが「九尾狐に食べられたらどうしよう!」と怯えながらもミホに惹かれていくコミカルな展開が多くの視聴者の心を掴んだ。
こうしてホラーからコメディとしてイメージチェンジした九尾狐だったが、『九尾狐<クミホ>伝~不滅の愛~』(2021年) は、ジャンルの大きなターニングポイントとなった。
テレビプロデューサーのジア(チョ・ボア)は、幼い頃に両親と交通事故に遭い、謎の男性に1人助け出された記憶を持つ。両親の遺体は見つからないまま成長し、真相解明を求めるように未解決事件を追うドキュメンタリーを作り続けていたジアは、とある花嫁失踪事件を知る。謎を解くために奔走しているうち、謎の男性ヨン(イ・ドンウク)と出逢う。ジアは彼が、かつて自分を救った男性であり、さらに正体が九尾狐だということに驚く。ヨンもまた、ジアが前世で愛した女性アウムの生まれ変わりではと疑っていた。
ヨンを演じたイ・ドンウクの美麗さに拠る部分が多いが、『九尾狐<クミホ>伝~不滅の愛~』の九尾狐はこれまでの妖怪像とはかなり異なる。基本的に九尾狐は、肉を欲するなど食欲旺盛な様子や、人間の精気を集めたり食べることによって人間になろうとするなど動物的な姿が多かった。ヨンにはそうした性格はない。香水を纏い、スタイリッシュな服を着こなし、チョコミントアイスをこよなく愛するモダンな“妖怪”だ。韓国で最も愛されている九尾狐は、オリジナリティ溢れるキャラクターに生まれ変わり、新たなフェーズへ上がった。
「転生」というジャンルが描く人生の葛藤
転生とは、人間が死に肉体が滅んだ後、別の姿を得て再び新しい人生を始めることを指す。極めて哲学的、宗教的な概念ではあるが、異世界転生モノなどのように、フィクションの世界ではかなりカジュアルなジャンルとして長く人気を博してきた。ソウルの繁華街で幽霊だけが泊まれるホテルを舞台に、1000年以上生きる女性社長と不思議な縁で結ばれたホテルマンのロマンス『ホテルデルーナ』(2019年)など、特にラブストーリーと相性が良い。時代も空間も超え運命的にめぐり会うという設定は、たしかに吸引力の強いモチーフに違いない。
『生まれ変わってもよろしく』(2023年)もまた転生をテーマにしたラブストーリーだが、既存の作品のクリシェのみにならない新鮮さがある。
ジウム(シン・ヘソン)は、何度も転生を繰り返しながら生きている不思議な女性。1000年前もすべて記憶しながら今の人生を歩んでいるが、短命で終わった18回目の人生と、初恋の相手ソハが忘れられずにいる。19回目の転生を迎え、成長したソハ(アン・ボヒョン)と再会したジウムは、もう一度恋をしようと彼に近づいていく。
王道のラブストーリーとしてのスタイル、時空を超えた運命の絆を結ぶロマンティックさもある一方、何度も人生を繰り返して生きる者のドラマも見事に映し出している。ドラマで描かれている転生にはいくつかのルールがあるが、そのひとつが「終わった人生に執着すると、相手に不幸が訪れる」というものだ。この宿命に、ジウムは苦悩していく。私たちは過去の縁や運命にだけ従って生きられるわけではない。今の人生で選択を繰り返すことで、幸福へと近づいていくのではないだろうか。最終話でのジウムの決断からは、そうした強いメッセージが伝わってくるのだ。
韓国ドラマの「死神」は人を死なせない?
死神もまた、広くドラマや映画で好まれるモチーフだ。ただし韓国では、骸骨の姿をして鎌を持った禍々しい姿、いわゆる西洋的な死神とはまた異なる死の使者が存在する。「トッケビ」という妖怪だ。そして、このトッケビを題材にした大ヒットドラマが『トッケビ~君がくれた愛しい日々~』(2016年)である。
逆賊の濡れ衣を着せられ、非業の死を遂げた朝鮮王朝時代の武将キム・シン(コン・ユ)は、神から不老不死を与えられ“トッケビ”として復活するが、いつしか永遠の命を終わらせたいと思うようになっていた。そのためには、トッケビの姿を見ることができる花嫁の手で、胸を貫く剣が抜かれなければならない。そんなシンが出逢ったウンタク(キム・ゴウン)は、幽霊と会話が出来る特殊能力の持ち主。幼くして母を亡くし、意地悪な叔母一家の元に身を寄せ苦労をしていたが、タフで天真爛漫な少女だった。シンの正体をすぐさま見破ったウンタクは、我こそはトッケビの花嫁だと主張しストレートな感情をぶつけてくる。シンはそんな彼女に戸惑い、振り回されながらも次第に惹かれていく。
韓国で霊的な存在を表現する言葉に、鬼神、夜叉、そしてトッケビがある。不遇の死を遂げた者が恨みとともに現世にとどまるのが鬼神で、インドの神話と仏教に由来する夜叉は、韓国文化と混ざったのちに非常に恐ろしく残酷な存在を指すようになった。トッケビの性格は様々な言い伝えがあるものの、主として人をむやみに祟ったり殺めたりはせず、人間にフレンドリーないたずら好きのお化けとして愛されている。良い人には幸運と富を与え、邪悪な人には悪運をもたらす、いわば守護神なのだ。ちなみにドラマの中にある、ウンタクがシンに「ほうきだったくせに」などとからかうセリフは、トッケビが普段は使い古したほうきの姿をしているという伝承に由来している。
『トッケビ~君がくれた愛しい日々~』のシンは、トッケビの一般的かつ親しみやすい面を上手く取り入れたキャラクターだ。男性の姿をしているという伝承に基づくハンサムなルックス。神秘的な道具を手先で作り出したり、射撃でもするように物を操る能力。肉が大好物であることもシンのチャームポイントだ。
そしてドラマの中で、トッケビと死神は異なる存在であることが明確に描かれている。死神は、韓国語で「チョンスンサジャ」と表現されており、閻魔大王の命を受けて死を知らせに行く「直符使者」を指している。トッケビも人間の死に際に登場するが、彼は人の生死に関与してはならないという決まりがある。似ているようで違う2人は当然対立するが、なぜか成り行きで共闘するなど「実は仲良し?」とツッコミを入れたくなるシーンが多い。トッケビ×死神という奇妙な凸凹コンビのケミストリーに夢中になったファンも多かった。