脹相はなぜ“怒っている”のか? 呪胎九相図の仏教絵画との関係や物悲しい過去を振り返る

 アニメ『呪術廻戦』「渋谷事変」の戦いも激化してきた。冥冥は偽夏油と対峙し、彼の呪霊操術によって召喚された特級特定疾病呪霊(とっきゅうとくていしっぺいじゅれい)の疱瘡神(ほうそうがみ)の領域に飲み込まれてしまう。伏黒恵と別れた虎杖悠仁は、渋谷駅構内で自分を殺そうとしている九相図の一人、脹相と鉢合わせてしまった。

 虎杖の顔を見るなり、憎しみで口元が歪む脹相。「弟の仇!」と言ってすぐさま術式を繰り出した彼は、第1期で同じ九相図の受肉体である弟の壊相と血塗を虎杖と釘崎野薔薇によって殺されている。だから彼が虎杖に恨みを持っていることは周知のことだが、脹相の中に潜む“怒り”はもっと根深い。

 呪胎九相図というのはそもそも、高専の保管庫で管理されていた特級呪物である。1番から9番まで存在するそれは、全て容器の中に入れられた“胎児”だ。しかもただの胎児ではなく、人間と呪霊の混血である。明治時代初期、「呪霊との間に子を孕む」という特異体質の女性がいた。本来であれば、呪霊に生殖機能はない。真人が温泉に入る時、股間部分が隠されていたが彼らに生殖器はついていないと作者の芥見下々は公言している。例外を除いて生殖機能のある呪霊もいるようだが、九相図のケースも生殖とは違うらしい。『劇場版 呪術廻戦 0』で夏油傑の元を訪れた女性が呪霊に襲われていたが、本来なら子を孕むことはあり得ないから”夢の中の出来事”の域を出なかった。しかし、それができてしまう特異体質の女性が、ある日身に覚えのない懐妊をし異形の赤子を出産する。そのことが原因で家族や親戚、身の回りの人間から風当たりが強くなった彼女は、山奥の寺にこの亡骸を抱えて駆け込んだ。しかし、この寺に駆け込んだのが運の尽き。そこにいたのは、数々の呪術文化財と共に呪術界の歴史にその悪名が刻まれている“史上最悪の呪術師・加茂憲倫だった。

 加茂は彼女の特異体質に“知的好奇心”が抱き、自身が用意した呪霊との間に子供を九度に渡って妊娠させた上で堕胎させた。その胎児が九相図である。ちなみに「九相図」の元ネタとして、実際に死体が朽ちていく過程を9段階に分けて描かれた仏教絵画がある。その絵画による第一の段階……死体が腐敗し、ガスが発生している状態を「脹相」、死体の腐乱が進み、肌が破れ始める状態が「壊相」、死体の損壊がさらに進み、溶解した脂肪・血液・体液が体外に滲みだす状態を「血塗相」と言う。つまり長男の脹相は「九相図」における最初の段階だから一番見た目が人間らしいのだ。壊相は背中が爛れ、血塗が2人と違って人間の形をとどめていない点もこの絵画の内容と一致する。彼らの能力とも言える生得術式「蝕爛腐術」(自身の血液に呪力を込めて自在に操る)も、関連性が高いから良く作り込まれたキャラクター設定だ。

 単なる興味で行われた暴力的な行為、母の恨み。胎児としてこの世に150年封印された兄弟は、その時からすでに自我や意志が存在していた。長年の間、封印を耐え続けてこられたのは隣に置かれた兄弟の存在が拠り所になっていたからである。そのため、脹相にとって虎杖との因縁は単純に“兄弟を殺された”話ではないのだ。

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