ポレポレ東中野編成担当に聞くドキュメンタリー映画の動向 「世の中を豊かにしている」

市民権を得て普通にあるものになったドキュメンタリー

――ドキュメンタリー映画の興行的な価値は実際のところ、今どれくらいあるんでしょうか?

石川:例えば、サムライジャパンのドキュメンタリー映画『憧れを超えた侍たち 世界一への記録』(2023年)は16億円を超えるヒットになっていますし、そういう作品も含めれば興行的な価値があるとも言えるでしょう。大きな枠で言えば、ドキュメンタリー映画の興行的価値は昔と比べて高くなっていると思います。うちが扱うような作品で、近年一番大きなヒットになったのは『人生フルーツ』(2016年)ですね。あの作品はポレポレでの単館上映から始まり、全国で動員20万人を超えるヒットになりました。小さなドキュメンタリー映画でもそれだけの市場に出ていけるようになっているとも言えます。片や、動員数1000人くらいの作品もありますし、金銭的な物差しでは一概には言えないかなと思います。例えば80年代などは、ドキュメンタリー映画の上映といえば市民ホールや公民館などでの上映会が中心で、チケットは手売りで、他の劇映画のように新聞の映画欄にも載らないのが当たり前でした。そういう意味では、今はドキュメンタリー映画も市民権を得ていて、新聞で紹介されることもあるし、テレビやラジオでも取り上げられる場合もあります。チラシもAdobeのおかげか(笑)、一般的な映画と比べても遜色がないですし、予告編だってしっかり作られています。Netflixなどでは、ドキュメンタリー作品も劇映画と同じようにラインナップされているので、それも市民権を得た要因かなと思います。それこそ、YouTubeもある種のドキュメンタリーと言えるかもしれない。ドキュメンタリーは日常的にあるものになったんでしょうね。でも、逆に市民権を得たことで、今はまた過渡期になっているような感じがしています。新聞やテレビで紹介されることが珍しくないから、逆に埋もれやすくなってしまうこともあります。そうなると、昔ながらの手弁当の宣伝、監督やプロデューサーの顔がきちんと見える作品の方が、お客さんが付くようになってきている気がしますね。今は作り手の熱量みたいなものが伝わらないとお客さんが動かないんです。

――近年、そういう熱量のようなもので興行が伸びた事例はありますか?

石川:医師の中村哲さんを撮った劇場版『荒野に希望の灯をともす』(2022年)はうちだけで1万人以上動員していますし、全国でも相当入ったと聞いています。あれは、長年に渡って中村さんを追いかけていたカメラマンの方が監督で、製作会社が配給もしていて、従来の配給会社が宣伝して公開する作品とは全然違う展開を経た作品なのですが、中村さんの魅力もあって注目されました。それと、直近の例では今年のゴールデンウィークに上映した『大地よ~アイヌとして生きる~』は、アイヌとして生きる宇梶静江さんの生き方を描いた作品で、これも製作会社が配給もしている作品なのですが、連休中はずっと満席で、作り手の熱や被写体の魅力が多くのお客さんに届いたんだなと驚きました。

ドキュメンタリー映画は世の中を豊かにしている

――近年のドキュメンタリー映画に傾向のようなものはありますか?

石川:“傾向がない”のが傾向ですかね。沖縄の基地問題や原発問題など、今の制度はおかしいと声を挙げる作品が多かった時期もありました。もちろん今もそういう作品はあるんですけどそんなに目立つわけではなく、ほんわかした地域の暮らしを撮ったものばかりでもない。政治モノもあれば教育系の作品もあるし、興行的な視点で見ても、特定のタイプがヒットしている印象はないですね。

――多種多様な作品があるということですね。

石川:そうですね。それも世の中の傾向を反映しているのかもしれません。ある種多様になっていて、大きなダイナミズムが見えにくい時代というか。

――社会の状況という点から考えると、上映するタイミングも非常に重要なのかなと思います。例えば、大島新監督の『なぜ君は総理大臣になれないのか』などは、タイミングよく上映できたことも大ヒットした要因の一つなのかなと思うのですが、少しタイミングを逃すだけでも違う結果になるものですか?

石川:むしろ、映画館の仕事は上映のタイミングと回数と時間帯を決めることしかないんだと思っています。結果論ですから確かなことは言えないですけど、タイミング次第で随分動員は変わると思います。

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映画館はもちろん、配信の普及……さらには、コロナ禍による自宅生活の長期化など、ドキュメンタリー映画に触れる機会が、昨年にも増して…

――続編の『香川一区』などは、選挙終了後すぐの公開でした。

石川:そうですね。制作側が頑張ったおかげで選挙のあとすぐに出せました。最初の特報が出た時の反響はすごいものがありましたね。『なぜ君は総理大臣になれないのか』は、コロナ禍のあのタイミング(2020年6月公開)が本当にドンピシャだったんだと思います。

――お仕事される中で、ドキュメンタリーによって社会に一石投じることができたというような手ごたえを感じることはありますか?

石川:どうでしょうね……。一本の映画で社会がものすごく変わってしまうなんてことはないと思いますし、あったら逆に怖いですよね。でも多少でも社会に影響が出ているんじゃないかと感じることもあります。例えば、三上智恵監督の沖縄の基地問題のドキュメンタリーシリーズは、ドキュメンタリーとしては多くの観客が観ているわけですが、それがどのくらいのインパクトを社会に与えたのかはわかりません。でも、世の中にはこういう視点もあり、こういう考え方を持った人がいるんだと伝えるだけでも、社会を豊かにしているとは思っています。

――オルタナティブな視点を提供しているということですね。

石川:そうですね。自分とは考えが違ってもいろいろな人がいるんだと知ってほしいじゃないですか。そういう人たちがいるということを知る材料の一つに、ドキュメンタリーはなれると思うんです。

■劇場情報
ポレポレ東中野
〒164-0003 東京都中野区東中野4-4-1ポレポレ坐ビル地下
公式サイト:https://pole2.co.jp/

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