全米俳優組合のストライキの背景と余波を解説 配信サービスとAIが大きく関わる理由とは

背景④ 過去のストライキから見える共通点と、AMPTPの態度

 先にも述べたように、俳優と脚本家が同時にストライキを行うのは稀であり、63年ぶりのことである。当時はロナルド・レーガン元大統領が俳優だった時代で、彼の率いた組合は「劇場用映画がテレビで放送された場合、再使用料が支払われること」を要求。その後、俳優組合は1980年にも映画がビデオ化されたときに、再使用料の支払いを求めてストライキを起こしている。一方、脚本家組合も1988年にビデオテープやレーザーディスクなどの新しい媒体で映画やテレビ番組が販売される場合の再利用料を求め、2007年のストライキではインターネット配信や他の新たな媒体によってもたらされるDVD利益配当の大幅増、及び映画製作での正当な報酬を受け取る権利を要求している。

 劇場からテレビへ、テレビからビデオへ、ビデオから配信へ。つまり、彼らのストライキはこういった時代と共に訪れる形態の変化に伴った、新たな報酬システムが作られていないことで行われているのだ。しかし、これまで彼らの要求は呑まれていたものの、今回のストライキは泥沼化しそうな予感。その理由の一つは、先述のようにプロデューサー側が脚本家組合の交渉に対して誠実に取り組まないことだ。

 「脚本家が家賃を払えずホームレスになるまでストライキの期間を引き延ばすことが、我々のエンドゲーム」とまで発言しているスタジオのエグゼクティヴが中にはいるように、AMPTPはこの問題を軽視している。しまいには、俳優組合の会長が「(俳優の待遇の酷さに)ショックを受けている」と訴えているにもかかわらず、脚本家組合に加勢した彼らに対しウォルト・ディズニーのボブ・アイガー会長は「(ストライキが)不快である」と語った。CNBCのインタビューで彼は続けて、「新型コロナウイルスの流行に伴って受けた業界のダメージがようやく回復してきて、しかもまだ完全に戻ったわけではない今、ストライクを起こすには最悪のタイミングです」と、ストを行う組合を利己的だと批判した。しかし、この問題を解決する唯一の方法である「交渉」のテーブルに着かないのは、彼のような立場の高い人間である。

 強い態度をとったアイガーだが、彼のCNBCのインタビューはサンバレー会議の会場敷地で撮られたもの。サンバレー会議とは毎年一回、アメリカの富裕層が集まるイベントで、「ビリオネアサマーキャンプ」とも呼ばれている。ここにはアイガーだけでなく、パラマウント・グローバルの責任者であるシェリー・レッドストーン、ワーナー・ブラザース・ディスカバリーの新CEOデヴィッド・ザスラフ、アップルのティム・クックらが参加していた。つまり、大事な時期に富裕層である彼らは、困窮を覚悟でストに参加した脚本家と俳優をよそに交渉の席にもつかず、ストライキによって映画製作が遅れること、プロジェクトがキャンセルされることを彼らのせいにして批判しているのだ。

ストライキの余波を考える

 このストライキの期間が延びれば延びるほど、映画業界全体に打撃が与えられることは言うまでもない。すでに製作が完了している映画においては、プロモーション活動がストライキ規則のもとで禁止されている。これには映画の宣伝を目的としてテレビ番組に出演すること、レッドカーペットへの参加、賞レースに向けたキャンペーン、映画祭やアワードショーへの出演、出演映画について話すプレスジャンケット、コンベンションへの出演が含まれている。クルーズの来日がキャンセルされたのも、これが原因だ。プロモーションが禁止されているため、新作映画は興行収入の面で苦戦が危惧されている。

 一方、イベントにおいては今夏に開催されるサンディエゴ・コミコンに大きな影響が出ると言われている。本来なら新作発表などに伴い、さまざまな俳優がパネルに登壇するのが目玉だったサンディエゴ・コミコン。そこに全米俳優組合に所属する俳優が一切登壇しないとなると、イベントの収益そのものに関わってくるだろう。これは、ストが長引けば長引くほど、日本でも例年開催される東京コミコンの来日ゲストにも関わってくる問題だ。

 そして、製作段階にあった映画に関しては、俳優がストライキ中にオーディションを受けることを禁止されているため、キャスティングが進まない状態になっている。仮にキャスティング済みだとしても、衣装合わせに向かうことも許されていないのだ。たとえば最近DCに移籍した、『Superman: Legacy(原題)』の監督・脚本を務めるジェームズ・ガンは、脚本家組合のストが始まったときは、自身の脚本家としての活動を停止せざるを得なかった。しかし、監督としてまだキャスティングは進められたのである。それでも今度は俳優組合のストが始まったことで手詰まりになったのだ。もちろん、スト中の撮影は全て中断となる。

 『Superman: Legacy(原題)』の他にも、ティム・バートンが再びメガホンを撮った『ビートルジュース』の続編も、基本的な撮影をロンドンで終え、残す1シーンをアメリカのバーモント州で撮影するところでストが始まり、中断。他には先日撮影現場の写真が公開された『デッドプール3(仮題)』、ポール・メスカル主演の『グラディエーター』続編、ニコラス・ホルト主演の『Juror No. 2(原題)』、クルーズ主演の『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART TWO』、トム・ハーディ主演の『ヴェノム3(仮題)』、そして実写版『リロ&スティッチ』などの撮影が中断されたと報じられている。

 ディズニーの会長であるアイガーの先の発言を借りるとすれば、まさに映画業界は新型コロナウイルスの流行によって、新作の公開延期を余儀なくされたり、ソーシャルディスタンスを考慮してプロダクションそのものに手間取ったり、苦労が絶えなかった。実際パンデミックの頃、俳優はオーディション会場に行くことができず「セルフテープ」と呼ばれる、自撮りのオーディションテープを送っていたと言う。しかし、いま感染症の制限が解除されてきたにもかかわらず、製作側はオーディションの会場も抑えなくて済むし、コストが抑えられて楽という理由で引き続き「セルフテープ」のやり方を続けたいと考えているのだ。

 これを廃止し、従来の現場オーディションの形に戻すことも、今回の俳優組合の要求の一つである。俳優にとって不利だからだ。その“不利”には、実際の自分を見てもらえないことや、現場でキャスティングディレクターや他の俳優に会って人脈を深められないことも含まれる。しかし、それ以上に重大なのは、「テープを撮る機材の良さ」によって、「セルフテープ」のクオリティに差異が生まれ、合格/不合格の結果に経済格差が関わってしまうことである。高額なカメラを用意できない者は、オーディションに合格できないのか。恵まれた環境にいるものだけが有利になってしまう、そのシステムを皆が危惧しているのだ。

 脚本家組合にいる脚本家は、先述したジェームズ・ガンのような人ばかりではない。俳優組合にいる俳優は、クルーズのような人ばかりではない。彼らのストライキという戦いはエリートのためではなく、いま、そして将来脚本家や俳優として彼らがいる場所に這いあがろうとしている者たちだ。あの『マンダロリアン』や『THE LAST OF US』で主演を務めた俳優ペドロ・パスカルが、実は売れない役者時代に『アメリカン・ホラー・ストーリー』でお馴染みのサラ・ポールソンから金銭的な支援を受けていたことを告白したことが記憶に新しい。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』でアカデミー賞助演男優賞を受賞したキー・ホイ・クァンも、経済的理由で俳優引退間近だった。彼らがもし、困窮して役者を辞めざるを得なかったら……。そのとき手を差し伸べてくれた人がいたからこそ、新たなアイコンが生まれ、彼らの出演作は興行収入が上がり、業界全体も盛り上がって、その業界を目指す若者の目標ができる。だからこそ、俳優も脚本家も自分のため以上に、偉業を成し遂げ、成功を収めてくれるであろう未来の誰かのために、戦わなければいけないのだ。

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